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捌拾伍 一帯一路盃の闇③

剛田林ごうだばやしのアホンダラ、下手ぁ打ちくさっとるのォ……。

ほんなこつ、どげん始末つけちゃろかい……。」

印度いんど組の茂出もいで組長は、渋い顔で腕を組んでいる。


──この日、港町の料亭『太平洋』で『桑道くわどう会』の寄り合いが開かれていた。

『自由で開かれたインド太平洋』を旗印に、亜米利加あめりか組、旭日きょくじつ組、豪州おーすとらりあ組、そして印度いんど組と、この海域を取り囲むシマに居を構える組織が盃を交わした、一大暴力団連合なのだが、その目的はこの海域から中共組を締め出し、中共ちゅうきょう組が『シーパワーの力を得たランドパワー系暴力団』となり、『覇権国家』が出現することを阻止することだ。

……しかし中共組は、錫蘭せいろん島の港を手にしたことで、このインド太平洋のど真ん中に拠点を得てしまった。


「……まっこと、先代がご迷惑ばかけてしもうて、面目なかこつですばい。

……先代から、これば預かっとります。」

錫蘭せいろん組の跡目を継いだ、螺似らにる組長は、畳に擦りつけていた頭を上げると、懐から折りたたまれた半紙を取り出す。

それを畳に置き、解いて広げると、血に染まった小指の先が出てきた。

「……先代、剛田林ごうだばやしは、中共組にシマば奪われ、印度組ば始め、御賢台様方にまでご迷惑ばかけたケジメとして、指ば詰めて、渡世から身ぃ引き申した。

……当家としても、あれはもう許しちゃおけんっち話になりましてな……絶縁の上、所払いっちゅうことで、筋ば通させてもろうとります。

……どげん顔向けしてええんか、情けなか話やが……この通りじゃけん、どうか堪忍してつかぁさい。」


再び畳に頭を擦りつける螺似らにると、半紙に乗せられた剛田林ごうだばやしの指を交互に見ながら、茂出もいでは小さくため息をつく。

「それにしても、なんじゃいこげなバカタレみてぇな借金は……。

何ば考えとったんじゃ、えぇ?まずはの、ワレんシノギ建て直すことから始めんかい。

……一つひとつ、地べた這うてでも立て直していかにゃ、ほんまワレん代紋おろすハメになるぞ。」

まず何とかしなければならない問題、それは天文学的な金額の錫蘭組の借金だ。

錫蘭組は、中共組からの借金の前の時点で既に多重債務者だったが、ここに『一帯一路ファイナンス』の高利の借金を重ねたことで完全に返済に行き詰った。

カネの切れ目は縁の切れ目だ。素寒貧となった錫蘭組にはもはや貫目も何もあったもんではなく、もはや碌に若衆にシマを見廻らせることもできていない。

……そう、錫蘭島は今や地場の暴力団の睨みの利かない、貫目の空白地帯になりつつある。

この空白を中共組が埋める形で港の支配を強化すれば、桑道くわどう会によるインド太平洋の覇権が根底から揺らぎかねない。

螺似らにる組長には、早急にこの借金問題にケリをつけ、シマをキッチリとシメて貰わなければならない。


その時唐突に、同席していた旭日組の鷹居たかいが怒声を上げる。

「……ほいでじゃ、ワレ。

ウチの筋から引っぱっとるゼニはよぉ、いったい、いつ返してくれちゃるんじゃ? あァ?」

唐突に借金の取り立てを始めた鷹居たかいに、螺似らにるの顔がこわばる。

錫蘭組は、多重債務者だ。中共組からだけではなく、ここにいる旭日組や印度組からも相当な金額の借金がある。

今日は、螺似らにるは、先代の不始末を兄弟の筋に詫びに頭を下げに来たのではあるが、その詫びる相手は、できれば会いたくない借金取りでもある。


「……あァ、親分さん……。あのォ、今ここでその話ばされますとかい……。

いんや~、参りましたばい……。

ワシも、忘れとるっちゅう訳じゃなかとですけん……その話は、また後で……ちぃと時間ばもらえませんかい……。」

「じゃかぁしいんじゃコラぁボケぇ!

借りたモンはのォ、キッチリ返すんが筋っちゅうモンじゃろうがワレ!

ぬくぬく言い訳ばっかしよって、誰が通る思うとんじゃ!

誠意じゃ誠意!さっさと誠意見せんかいオラァ!」

鷹居たかいの剣幕に、螺似らにるはタジタジだ。


「のう、鷹居たかいの……。

ワシもこのバカタレに、ぎょうさんゼニ貸しとるクチじゃけん、おまんの気持ちが分からんっちゅうわけやなかばってんのォ……。

ばってん、螺似らにるの兄弟にはもう、返せるゼニがなかとばい……。」

茂出もいでは宥めるように言う。


「……あァ?ゼニがねぇんじゃったらのォ、身体で返さんかいワレぇ!

おどれのシマぁ、シノギも回さんとブラブラしよるプータローがナンボでもうろついとるじゃろうがい!

……そいつらまとめてタコ部屋ぶち込んで、空港でも道路でもこしらえりゃええんじゃボケぇ!」


──キリトリ。これはヤクザによる債権回収のシノギの隠語だ。

ヤクザが手にかける債権回収は、どうしようもない不良債権一歩手前のゴミクズのような案件ばかりだ。

合法的な手段では絶対に返ってこない。そこでヤクザは、債務者を恫喝したり、タコ部屋に送り込んで身体で払わせたり、夜職に沈めてアガリを掠め取ったりする。

そう、鷹居たかいは、若衆を動員してタコ部屋で働かせて錫蘭島のインフラを建設し、ゼニを作れというのだ。

確かに有益なインフラを整備することができれば錫蘭組の基礎体力が上がってシノギがよく回るようになるが……。


「あんの〜、親分さん……?

申し訳なかばってん、ワシらかて、そげんシノギば仕込めるんなら、とっくの昔にやっとりますばい。

……一にも二にも、そげんシノギば回しよるタネ銭が、今のウチには一文も残っとらんとです。」

「あン?一家構えとる一端の極道がよ、何みっともねぇこと抜かしとんじゃコラァ。

……ゼニがねぇ?ハァ?そんなモン、貸してやりゃあ済む話じゃろうが。

この──旭日きょくじつ組がよォ!!」

鷹居たかいは、黒い笑みを浮かべる。

螺似らにるは、唾を飲み込み、身構える。


……絶対あかんやつだ。もう闇金んたぐいは、腹ん底から懲り懲りばい。

ものすごく嫌な予感がしたが、断れる雰囲気でも立場でもない。一応、聞くだけ聞いてみる。

「あのォ……その、親分さん。

……そいで利率っち、いったいナンボになっとりますとかい?」

「ほうだな……わりゃ、茂出もいでの親分の舎弟言うたか?

しゃあなぁいわい、おどれにはぎりぎりまで値ぇ踏ん張ったるけぇ。

……トイチでどないじゃ?」


……ほぉーら!もぉ絶対あかんやつやろうが!そげん法外な利息、払えるわけなかでしょうがッ!

──トイチ。それは闇金を闇金たらしめる、悪名高き違法金利の俗称だ。

10日で1割。略してトイチ。複利で年利換算すると、その利率は3000%にもなる。

どう断ろうかと泣きそうな顔をしている螺似らにるに、鷹居たかいは呆れたように言う。

「ワレ、何を勘違いしとるんかわからんがのォ……ウチのトイチゆうたら『10年で1%』じゃ。

……ほいじゃがの、そん程度のゼニも返す自信ねぇ言うんなら、ワレ、代紋降ろしよれや。」

…………ふへ?

その言葉を聞いて螺似らにるは拍子抜けする。

それなら……いける。貸してつかぁさい、鷹居たかいの親分!


「あんま、ワシん舎弟ば甘やかしたらいかんばってん、鷹居たかいよ。

こんバカチンが、まずは今借りとるゼニば返すんが先やろが。

……螺似らにるゥ!ワレ、まずはゼニのケジメば、しゃんとつけんかい!

ウチの兄弟衆ん迷惑ば、あんま掛けんごとしとかんか、ワレェ!」

茂出もいでは兄弟分の螺似らにるを叱りつける。


「ワレもチンケなこと抜かしよるのォ、兄弟。

ゼニの無ぁバカタレからのキリトリ、極道やっとりゃ、やり口ぐれぇ分かっとるじゃろうがい。

身体で払わせるか……払える身体に仕上げてからキリトるんじゃい。

……茂出もいでの。おどれもこんバカタレにゼニ貸しとった言うたのォ。ちぃとばぁし待っちゃれや。

なァに、ワシも少しは待ったるわい。ついでに仏蘭組の眞玄まくろの親父にもナシつけといたるけぇ。

おどれ、あそこにも借りとるじゃろ。あすこはワシの兄弟筋じゃけぇのォ。ま、悪いようにはせんわい。」

そう言うと鷹居たかい組長は携帯を取り出し、眞玄まくろ組長に電話をかける。


──債務の再編。これは、極道のキリトリの手法の一つだ。

乾いた雑巾を絞っても何も出て来ないように、そもそも身内もおらず資産も何も持っていないダメ債務者は脅そうがヤキを入れようが何も出て来ない。やりすぎるとこちらが逮捕されるのがオチだ。

だからと言って諦めては、極道としての沽券にかかわる。借りたものは、キッチリ返してもらわねばならない。

そこで、グチャグチャに絡み合った債務を解きほぐして、返せる手段とマイルストーンを立ててやる。


錫蘭組の場合、まずは取り立てに猶予を与える代わりに、インフラを整え、『外貨』を稼ぐ力をつけさせ、シノギを立て直させてゼニが回るようにする。

シノギがきちんと回るようになったら、貸したゼニをキッチリと返してもらう。


「おし、ほいだらこれで手打ちじゃのォ。」

ニヤリと笑みを浮かべた鷹居たかい組長は、座敷の隅に控える若衆に目配せする。

若衆は畳に白布を敷き、盃事の準備を整え始めた。


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