捌拾四 一帯一路盃の闇②
金立に頭を踏みつけられ、軽率に闇金に手を出した数年前の自分の迂闊さを心の中で呪いながら、剛田林はおそるおそる口をひらく。
「なぁ、金立の旦那……。
アンタ、一方的にウチば責めよるばってん、アンタらには一片の責任も無かっち言い切れるとか?
ウチの港ば、アンタの口車に乗せられて叩き直したとはいえ……何じゃい、ありゃぁ?
他所ん船が寄るどころか、今じゃ閑古鳥が鳴いとるばい。
せめて工事ん時に、ウチの筋ん錫蘭建設ば使うてくれとったらまだ土建のシノギも回せたっちゃろうが……気付いたら、みぃんなアンタん所で持って行きよるやないか。
……なぁ、旦那。ウチは、いったいどうしたらよかとや?」
──『一帯一路ファイナンス』からの借金で、錫蘭組は港を改修し、立派な設備の整った近代的なものに叩き直した。
しかし、錫蘭組のシマは主要なシーレーンの近所ではあるが微妙に離れた位置にある上、周りにはいくらでも立派で便のいい港がある。そもそも、需要がなかったのだ。
結果、立ち寄る船からミカジメを強請って大儲けするどころか、規模を拡大した分ゼニが余計にかかるようになった港の維持費だけで大赤字だ。
ここにさらに、借金の返済も重くのしかかる。『一帯一路ファイナンス』は闇金だけに、利息は高い。
港の維持費の赤字分と、積み上がった利息で錫蘭組の借金は雪だるま式に膨れ上がっていく。
そして港の改修工事も、錫蘭組のフロント企業の錫蘭建設ではなく、中共組のフロント企業、中共建設がドヤドヤと乗り込んできて終わらせてしまった。
つまり錫蘭組は、中共組から借金をして、その借りた金を中共組のフロント企業経由で中共組に渡し、手元には穀潰しの無駄に立派な港と、莫大な借金だけが残ったという構造に陥っている。
「あァ?テメェ、人聞きの悪ィこと言ってんじゃねぇよ。ウチがわざわざ叩き直してやった港だろうが。
あんな上モン、他探したってまず見つかんねぇんだよ。
……それにな。
印度組の外道どもに睨み効かせるにもよ、亜米利加組がいっつもしゃしゃり出てきやがるインド太平洋進出の橋頭堡にするにも、あそこほど都合のいい物件なんざ他にありゃしねぇんだよ。」
剛田林の頭に乗せた足をどかすと、金立は当然じゃねえかとばかりに言い、タバコに火をつける。
……ちょっと待たんかい!そりゃ、ウチにとってのメリットじゃなく、中共組にとってのメリットじゃねえか!
剛田林は、背中に嫌な汗を流しながら、目をカッと見開く。
金立はニヤリと黒い笑みを浮かべ、無言で後ろに控えるスキンヘッドに合図を出す。
スキンヘッドは手に持ったジュラルミンケースを開け、契約書のようなものを取り出すと、無造作に長机に投げつける。
金立は姿勢をかがめ、タバコの煙を跪いている剛田林の顔に吹きつけ、その眉間にタバコの火を押し当てて揉み消す。
アッつ!と思わず叫び声を上げる剛田林に、金立は氷のような冷たい声で言い放つ。
「……ま、俺らも鬼や悪魔じゃねぇ。人の心もちゃぁんとあるから安心しな。
ほら、この契約書に判つけや。んで、その港の登記簿、きっちりウチに渡しな。
……それでしばらくの間、返済は待ってやんよ。特別にな。
なんだよ、その渋いツラはよ?テメェ、自分で借りたゼニの条件、忘れたとか言うんじゃねぇだろうな。
『一帯一路盃』交わしたとき、俺が口酸っぱくして説明したろうが。
……ま、テメェのそのツラ見りゃよ、あの時あんま理解してなかったんだろうなぁ、とは思ってたけどよ。」
……くっ……ワシら、まんまとハメられとったんか……!
剛田林は歯噛みする。
すまん……茂出の兄貴……!アンタ、きっと腹ァ立っとるじゃろ……。
ばってん、ウチゃあ、こんなつもりでやったんじゃなかとたい……。
心の中で兄弟筋である印度組の茂出組長に詫びるが、もうどうしようもできない。
錫蘭島の港は、中共組に奪われた。
そしてここは、喉元に巻かれた真珠の首飾りがごとく、印度組を締め上げる。




