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捌拾参 一帯一路盃の闇①

潮の匂いが鼻を突く。

インド洋を見下ろす港町──錫蘭せいろん組のシマだ。

どの通りも静まり返り、屋台も店もシャッターを降ろしている。

まるで誰かを恐れているように。


港に近い寂れた繁華街に、黒塗りの高級車がゆっくりと滑り込んだ。

運転手の部屋住みが後部座席に回り、ドアが開くと、紫色のスーツに赤いネクタイを締め込んだ、ガラの悪い男が降り立つ。


続いてスキンヘッドにサングラスの男と、パンチパーマで頬に傷跡のある浅黒い肌のコワモテ衆が車から出てくる。

静まり返った民家の2階の窓から覗いていたカタギが、大慌てで顔を引っ込めるとシュッとカーテンを閉める。


男たちの降りた高級車のトランクには、中共ちゅうきょう組の代紋が太陽の光を反射している。

先頭に立つ紫のスーツの男、金立かねたつ──中共組の経済ヤクザだ──は、無言で錫蘭せいろん組本家事務所の門の前に立つと、呼び鈴を連打する。

錫蘭組の事務所は鉄扉が潮風で腐り風が吹くたびにギィと鳴り、壁のペンキは海風に剥がれ落ちて下地のコンクリが剥き出しになっている。

……錫蘭組の困窮ぶりが滲み出ている。


「おお……こりゃ金立かねたつの旦那ァ。

いつの間にかお見えになっとったとですかい。

……ほいで、今日はどちらにお出かけなさるとです?」

応対した剛田林ごうだばやし組長は、ぎこちない苦笑いを浮かべて手を擦っている。

その額には脂汗が珠のように浮いている。


金立かねたつは無表情に、凍えるような冷たい声で返す。

「とぼけてんじゃねぇぞ、剛田林ごうだばやしィ。

テメェ、ウチの組舐めてんのかコラ?あァ?

……でよ、ゼニはできてんだろうな。締め切りは昨日までだよなァ?

どう落とし前つけんだ、コラぁ!」

「……あァ、そっちん話でしたかい。

まあ、ここであんまり言いよったらカタギの衆ば心配させてしまうけんの。

込み入った話は、中んほうでゆっくりしちゃりましょか……。」

剛田林ごうだばやし組長の声は震えている。

金立かねたつ達は、重い足取りの剛田林ごうだばやしに連れられ、事務所の中に足を踏み入れた。


*****

「旦那ぁ!……この通りやけん、あと一月……いや、半月でよか、ちぃと待ってくれんかい……。

ワシも死に物狂いで段取りつけよるけん、頼むばい……。」

剛田林ごうだばやしは床に頭を擦り付けている。


金立かねたつは、その頭を踏みつける。

「その手は食わねぇよ剛田林ごうだばやしテメェ、コラぁ!

テメェ、何十億ぶん抜いてんのか分かってんのか?あァ?

こっちはなぁ年単位で待ってやってんだよ。それに何だ?最近は元本どころか、利息分も止まってんじゃねえか!

いいか、俺らはガキの使いじゃねぇんだよ。耳ィ揃えて払いやがれ馬鹿野郎!」


──錫蘭組は、中共組から莫大な借金を負っている。

数年前、中共組のフロント企業、『一帯一路ファイナンス』からの融資を持ちかけられた。

「いやぁ〜剛田林ごうだばやしの親分さん。

お宅のシマ、ほんっと場所がいいんですよ。目の付け所が違うっていうか……さすがですよね。

ただね、ひとつだけ惜しいのが『あの港』なんですよ。……いや、悪くはないんですよ。

あそこにちょっと手ぇ入れるだけで──この辺一帯の船、全部立ち寄りますよ。間違いなく化けます。

そしたらどうなります?シノギなんか、勝手に回り出しちゃうんですよ。

いや〜、羨ましいですよホントに。あんな場所、滅多に無いですからね。」

剛田林ごうだばやし組長の下を訪れた、中共組の経済ヤクザ、金立かねたつは、名刺を差し出しながら開口一番そう言った。


……調子のよかこつ言いよるのぉ。ばってん、コッチにはゼニがなかとばい!

剛田林ごうだばやし組長は、ため息をつく。

ついこの間まで、錫蘭組は内部抗争を戦っていた。

対立していた泰米たみる組の組長のタマを取って解散に追い込んだはいいが、錫蘭組は金庫もなにもスッカラカンになった。

何かこう、ドーンとでかいことをやってカタギ衆にもいいところを見せたいのは山々だが、とても港の手入れどころではない。


何とかしようと、銀行から借金をしようとしたが、何度頭を下げに行っても審査に落ちてしまう。

まず最初に言われたのは「債務残高鑑みて、新規のご融資は難しいですね」というものだった。

この時点で既に錫蘭組は多重債務者のような状態だった。財政は火の車だ。

……今までずぅっとドンパチばしよったけん、そげん言われても仕方なかろが。

ドンパチっちゅうモンはの、ゼニのかかるもんたい。


めげずに何度か銀行に通い詰めたが、最後に「反社へのご融資はお断りします」ということを言われ、つまみ出された。

……おまんらかて、一皮むきゃあヤクザんタマじゃろうがい。

まぁ、泰米組とのドンパチんときゃ、ちぃとばっかカタギ衆に迷惑かけたかもしれんばってん……あれはどうしようもなかとよ。仕方あるまいち。

結局何度通っても融資を引き出せず、銀行の外で惨めな気持ちでタバコに火をつけていたことを思い出し、顔を顰める。


嫌味を言いに来たのなら帰れと追い返そうとしたところで、金立かねたつ剛田林ごうだばやしの耳元で囁く。

「……まったくさぁ、亜米利加あめりか組の筋の銀行ってのは見る目がねぇよな。

ええ、分かってますよ。色々と入り用なんでしょう?

……いいですよ、特別にね。本当ならウチにも審査やら手続きやらあるんですけど……

ウチの『社長』にナシつけてあげますわ。今ここで決めてもらえりゃ、即日で回しますよ?」

その言葉に、剛田林ごうだばやし組長は一にも二にもなく飛びついた。

そして金立かねたつはその場で中共組の近平ちかひら組長に電話をかけると、本当に目の玉の飛び出るようなゼニを引っ張ってきてくれた。


「ご返済はね、そんな急がなくていいんですよ。まずはアンタのシノギ、しっかり回るようになってから、ゆっくり返してくれりゃそれでいいんですよ。」と金立かねたつはニコニコしながら言っていたが……。

この中共組のフロント企業、『一帯一路ファイナンス』は、まごうことなき闇金だった。

ほどなく、錫蘭組は返済に行き詰まった。


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