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捌拾壱 中共組と西蔵組の抗争⑤

そしてまた時が流れる。

西蔵ちべっと組は鱈井だらい組長に代替わりしていた。


「おやっさん、大ごとなっとりますばい……。印度いんど組が、英吉利いぎりす組との盃ば水にしよったとです。」

若頭の嘉洛かろくが組長室に駆け込んでくる。

鱈井だらい組長は、湯呑を取り落とすと頭を抱える。

……ああ~!遂に来るべきモンが来てしもうた~!


──中国地方では今、二大勢力が盛大に抗争を繰り広げている。

一つは言わずと知れた高砂たかさご組、もう一つは筋の異なる中共ちゅうきょう組だ。それ以外の地方暴力団組織は、どちらかの組にほぼ呑み込まれてしまった。

高砂組は先代の土登とのぼり組長の代から、『西蔵町はウチのシマ』と公言しており、西蔵組への圧力も日に日に高まっているが、これまでは英吉利組との盃があるお陰で辛うじて難を逃れてきた。

その英吉利組との盃の前提は、『舎弟筋の印度組を守る緩衝地帯』だったのだが……その印度組が英吉利組の筋から抜けたことで、英吉利組は西蔵組との盃を維持する意義がなくなってしまった。


印度組内部で、英吉利組への上納金への不満が溜まっているのは知っていた。

欧州地方や亜細亜地方での大抗争で英吉利組が疲弊し、印度組相手に兄貴風を吹かせている余裕も無くなったことも知っていた。

いずれこうなることは予期していたが……。


「おやっさん……来客です。

英吉利組の、累須るいす代行が見えとります。

……応接に、通しちょりますけん。」

部屋住みが来客を告げる。

「あいわかった。……要件は分かっとるがな。」

鱈井だらい組長はため息をつくと、重い足取りで応接室に向かう。


この日鱈井だらい組長は、英吉利組からの破門を告げられた。

後ろ盾を失った西蔵組は、一本独鈷で高砂組と中共組に立ち向かわねばならなくなった。


そしてまた時が流れる。

高砂組と中共組の抗争に決着が付いた。

勝ったのは毛沢けざわ組長率いる中共組だった。高砂組の石介いしがい組長はシマを追われ、台湾島に潰走していった。

宿敵の高砂組を降した毛沢けざわ組長は、最後まで残った弱小対立組織の取り潰しに着手した。


「おやっさん!ここはもうあかんっちゃ!

裏手に車出しとるけん、今すぐ逃げてくれや!頼むけん、早よ!」

上着を脱ぎ捨て、モンモンをさらしてチャカを握りしめている嘉洛かろく若頭が、額に汗を浮かべながら声を張り上げる。


組事務所の玄関先には中共組の代紋を掲げたダンプカーが突っ込んでおり、双方の組員がワレコラァ!と罵声を轟かせている。

「なんば抜かしよっとか、嘉洛かろくゥ!

子供ば見捨てる親がどこにおるっちゅうんじゃァ!

中共組がナンボのもんじゃい!西蔵町はワシの地元や!

……ここでイモ引いて、ご先祖様に顔向けできんよな真似ができるかァッ!!」

そう嘉洛かろくを怒鳴りつけると、鱈井だらい組長は上着を脱ぎ捨てて彫り物をさらけ出す。

一面に雪を頂いた山々を取り囲む、蓮の花の彫り物。不思議な事に、つぼみだった蓮の花が開いたように見えた。


長ドスを抜き放って組長室の扉を睨みつける鱈井だらい

いきり立つ鱈井だらいの姿を見つめ、嘉洛かろくは小さく息を吐き、肩をすくめる。

「……無理すんなや、羅門らもん。ワレ、手ぇ震えとるぞ。」


鱈井だらい 蘭馬らんま。それは先代の土登とのぼり親分から盃を下ろされた際に授けられた渡世名だ。

羅門らもんは彼の出生名であり、そして嘉洛かろくは実兄だ。

「兄ィ!ワシゃその名前はとっくに捨てたんじゃい!

……あっ、違うわ。……嘉洛かろくゥ!ワレ、親に向かうてそげん口のきき方すっとかッ!」

「ハハッ……おまんに『兄ィ』言われるんも、いつぶりかのォ。

こん状況じゃ、盃の筋もクソもなかばってん……最後ぐらいワシにも、『兄ィ』としてよか顔させてくれや。」

嘉洛かろくは吹き出しながら軽口をたたく。

そして真顔になる。

「ええか、羅門らもん。わりゃただの西蔵組の組長やなか。

仏道ぶつどう会からの盃を受ける、観音かんのんのカシラの代行じゃけん。わしらの希望の光ばい。

たとえ西蔵町を中共組の外道に取られよったとしても、おまんがおる限り西蔵組は不滅たい。

……羅門らもん、代紋ば持って印度県に逃げぇ。印度組の根留ねるの親分んトコに行くんや。

あの親分さんなら、話を分かってくれはるけんのう。」


──中国地方を掌握した中共組はランドパワー系暴力団であり、次に食指を伸ばしてくるのは印度組だ。

西蔵町はかつて露西亜ろしあ組に対する緩衝地帯として機能したのと同じように、中共組に対する緩衝地帯たりうる。

英吉利組はもう印度組を守ってくれない以上、印度組としてはここを押さえておきたい。

ところが今は印度組は英吉利組の支配を離れた一本独鈷の組織として生まれ変わる為の内政で手いっぱいで、今まさに中共組からのカチ込みを受けている西蔵組への助太刀どころではない。


しかし、鱈井だらい組長さえ無事であれば、将来西蔵組を再興する可能性ができる。

西蔵組は、仏道会からの盃により観音かんのん若頭の代行とされる組長の貫目によってまとまっている。

……逆に言えば、鱈井だらい組長がいなければ、西蔵組は成立しないのだ。

将来の緩衝地帯としての西藏組再建のため、印度組は今ここで鱈井だらい組長を失うわけにはいかない。確実に保護してくれる。

そして鱈井だらい組長を印度組で匿って保護すれば、その西蔵組に大きな恩を売っておくことができる。


……印度組に逃げ込めば、羅門らもんの命と、西蔵組の命脈は守られるんじゃ。

叩き出すように羅門らもん鱈井だらい組長を送り出した嘉洛かろく若頭は、チャカを握る手に力を入れた。


これが、今から70年近く前の話だ。


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