漆拾玖 中共組と西蔵組の抗争③
「おやっさん、こら一大事っすばい!ちぃと洒落にならんごとなっとりますけん!」
西蔵組の本家に帰って暫く経った烈成。
若頭の土登が息を切らせて組長室に飛び込んでくる。
「しぇからしかのォコラ!なんばしよっとかワレ!」
烈成は鬱陶しそうに湯呑を置く。
「英吉利組の外道どもがなァ……!道光の叔父貴んトコにカチ込んできやがったっちゃ!」
ああ、あのシャブ中共か。兄貴に盾突きよるとは、バカな事を……。
土登の報告を聞いた烈成は、大清会の勝利を確信している。
200万の若衆。無尽蔵に思えるほどの丁数のチャカ。海を埋め尽くす極道船団。
これらが道光総裁の一声で一気に動く。
大昔に西藏組の親分と朝貢盃をかけて抗争になったことがあったが、その時西藏組はなすすべなく敗れ、盃を結んだと聞く。
その後は屈辱的ながら実利面では圧倒的に舎弟側にメリットのある朝貢盃でゼニの力も思い知らされた。
悔しいが貫目の全然違う、頼れる兄貴筋。それが大清会だ。
「あのシャブ屋も気の毒なこっちゃ。どりゃ、道光の兄貴に戦勝祝いの酒でも一献送りゃせんかい。」
烈成は当然のように言う。
「おやっさん……ち、違うとです!大清会は……道光の叔父貴は、負けよったとですばい!」
ほーん、負けよったか。
………………ほへ?
「何ば抜かしよっとか土登ィ!……そいで、兄貴は無事にしとるとや?」
「叔父貴は無事にしとりますたい……。
じゃけんど、手打ちでぎょうさんゼニ取られたとよ、それに香港島も取られよったとたい。」
なん……てぇ?
「そいだけじゃなかとばい!英吉利組が調子ぶっこいとるん見て、仏蘭組やら露西亜組やら、他所ん外道どもが次々カチ込んできよるとじゃ!もうシマが持たんばい!」
烈成組長の中にある、貫目の高い兄貴筋という大清会像がガラガラと音を立てて崩れていった。
「……何じゃい。ワシら、そげんカタギ崩れの雑魚ば相手に、今までヘコヘコ頭下げとったっちゅうとか。あほらし。
……もうよか。盃は水ばい。」
「え……あの、おやっさん……。ほんに、よかとですかい?叔父貴んとこに、助太刀行かんで……?」
土登は怪訝そうに問う。
「あン?何ば抜かしよっとか。舎弟のために身張るんが、朝貢盃の兄貴の筋合いや。
なして舎弟が代わりに身体張らにゃいかんとや。
舎弟も守れん、シマも守れんよな兄貴なぞ、面目なかと。恥ずかしかてたまらんと思わんとやか?」
そう言われると、土登には何も言えない。
──『朝貢盃』はあくまで兄弟の盃。兄貴分と弟分はあくまで別個の暴力団組織であり、弟分は兄貴分の代紋を借りてはいるが、その代紋に対する帰属意識のようなものは無い。
大清会と西藏組を結びつけていた物。それは兄貴筋の『貫目』だ。
しかし、英吉利組はじめ欧州地方の暴力団組織との抗争、敗北、そして屈辱的な手打ちの条件を呑まされたことから、大清会の『貫目』は地に落ちた。
もはや、大清会と西藏組を結びつけるものは存在しない。
西藏組は、大清会との盃を水にした。
そしてそれは西藏組だけではない。
新疆組、蒙古組、越南組、高麗組等、満州組と朝貢盃を持つ暴力団組織が歯の抜けるように盃を水にしたり、向こうの筋の暴力団組織と裏盃を交わしていった。
その激動の時代の中、道光総裁から宣統総裁に代替わりしていたが、盃で成り立っていた巨大暴力団組織、大清会は空中分解。
宣統総裁は指を詰め、稼業を引退した。
そして各地には、一本独鈷の地方暴力団組織として再スタートを切った、かつての舎弟筋の組と、続々とカチ込んできて組事務所を建てて居座っている英吉利組など欧州地方の暴力団組織──列強筋が群雄割拠する時代が訪れた。




