漆拾漆 中共組と西蔵組の抗争①
ここは中共組のシマの西の外れに位置する、西蔵町。
「おいコラぁ!テメェ、ポケットの中のブツ出しやがれ!」
今日も中共組の若衆の怒声が響く。
「あぁ〜、こら中共組さんかい。精が出るのォ……見廻りご苦労さんで。」
額に汗をかきながら、視線の泳いでいるカタギの男が後ずさる。
「とぼけてんじゃねぇぞ、馬鹿野郎てめぇ!……あっ、何だこりゃあ!
てめぇ、俺らに隠れてコソコソと! おい、このブツは何だ、説明しやがれ、オラァ!」
胸倉を掴んでポケットの中身をまさぐっていた中共組の若衆が、一枚の写真を取り出し、オロオロしているカタギの男の目の前に叩きつける。
……それは、中共組と抗争中の、西蔵組の、鱈井組長の写真だった。
十四代目西蔵組々長 鱈井 蘭馬。
一面に雪を頂いた山々を取り囲む蓮の花の彫り物をその背中に持つ、稀代の渡世人だ。
そして鱈井はただの地方暴力団の組長ではない。
仏道会からの盃を受け、観音若頭の代行の役職に就いている。
鱈井は西蔵組を率いて久しいが、まだ若かりし頃に中共組との抗争に陥り、シマを奪われた。
何度も命を狙われながらも印度組のシマに逃れ、そこで再起を図っている。
それから60年以上経つが、かつての西蔵組のシマには今でも、鱈井の任侠道にほれ込んだカタギ衆が、鱈井の帰還を待っている。
……そして、中共組はとっくの昔に西蔵町を押さえているが、今でも西蔵組の動向を危険視し、鱈井を目の敵にしている。
「おいコラ!テメェ、この外道のツラ写した紙屑持ってるって、どういうつもりだオラァ!あァ!?
中共組ナメてんじゃねぇぞコラぁ!」
いきり立った中共組の組員は、鱈井組長の写真に手をかけると、粉々に破り捨てる。
「あッ……!」
カタギの男は小さく声を上げる。
余程思い入れのある、心の支えのようなものだったのだろう。
男は悲しみの表情を浮かべる。
しかしそれも一瞬のことだった。
次の瞬間、中共組の組員の恫喝にオロオロと狼狽していた男の顔から恐怖がスゥーっと消え、覚悟の決まった顔になる。
「てめぇ、ちぃとウチの事務所にツラ出せや。所作ァ叩き込んでやらァ!
ウチの組に盾突きやがって、筋っちゅうもんをイチから教えてやんよ!
オラァ!そこで止まってる車に乗りやがれ!」
誤った思想を持つ者を暫く事務所で預かり、更生させてやると言っているのだが、この車に乗って中共組の事務所に連れていかれた後、帰ってきた者はいない。
中共組の組員は、車に押し込もうと、乱暴に手を伸ばす。
しかし、このカタギはその手を引っ叩いて払いのける。
中共組の組員の額に、みるみる青筋が浮かび上がっていく。
「この野郎!テメェ、カタギ風情が極道舐めてんのかオラァ!
ちぃと痛い目見ねぇと、立場分かんねぇみてぇだなァ!ヤキ入れてやんよ!覚悟しやがれボケぇ!」
中共組の組員は懐に手を入れ、匕首を抜き放つ。
しかし、このカタギは動じない。
「なんば言いよっとかこのクソッタレがァ!
ワシは今この瞬間から、西蔵組のモンになるっちゅう腹ァ決めたけん、覚悟しとけやコラァ!
まだ鱈井の親父さんから盃は貰っとらんばってん──
あの世に行って、先代の親父さんから直々に貰うつもりじゃけんのォ!」
そう言うとたった今、西蔵組の組員となったこの男は、懐から火炎瓶を取り出すと、ライターで火をつける。
あまりの迫力に、中共組の組員はひるんで後ずさる。
「ワレコラァ!よう目ェかっぽじって見とけやこのド腐れがァ!
これが男の花道っちゅうもんじゃい!」
目を大きく見開いて啖呵を切る西蔵組の組員となった男は、その火の付いた火炎瓶を自分の足元に叩きつける。
男はたちまち炎に包まれる。
そして灼熱の炎に包まれながら、高らかに笑う。
我に返った中共組の組員は忌々しそうに炎を纏った西蔵組の組員を睨みつける。
「……後ろに突っ立ってる奴等、動くんじゃねぇ。」
こと切れて炎の中に崩れ落ちる男を見据えたまま、中共組の組員はドスの効いた声を放つ。
この騒ぎに集まってきた野次馬が凍り付く。
「……全員、そこの車に乗れ。」
振り返った中共組の組員の手には、チャカが握られていた。
──西蔵町。かつてこの地をシメていた西蔵組にはもはや、中共組を叩き出すだけの力はない。
それでも、抗争は終わらない。
このことの意味は、中共組にとって、対立関係にある弱小暴力団組織がシマの中に存在するということだけではおさまらない。
……中共組の存続を揺るがしかねない、一大事なのだ。




