漆拾伍 亜米利加組と胡塞組の抗争④
「最近はこのあたりも物騒になりよったけェのォ。気ぃ引き締めて行かんかい!」
旭日組の密輸船、『第弐開運丸』船上。武夫は険しい顔で舎弟に注意を促す。
ブツを満載し、蘇伊士運河を抜けて2日後。
視界に、海を左右から圧迫する陸地が見え始める。
左手にはそそり立つ岩山。中央には岩がちな離れ小島。右手には開けた阿弗利加の大地が、霞の奥に朧気に見える。
「兄貴ィ、ウチらの周り、今んとこ怪しい舟は見当たりませんけェ。」
纏は、左舷側に立ち双眼鏡をのぞき込む。
右手には、いつでも弾けるよう、スライドを引いたチャカを握りしめている。
双眼鏡を降ろした纏は、爆炎に包まれて消滅した。
轟き渡る轟音。上がる火の手。立ち上る黒煙。
爆発に吹き飛ばされて甲板を転がっていた武夫がよろよろと立ち上がる。
「纏ェ!……ワレェ、どこに行きよったんじゃい!返事せェやバカタレがぁっ!」
しかし武夫は組からこの船を預かる身。纏の捜索より、この船の保全が最優先だ。
「くっ……後で捜してやるけェ、待っちょれ、纏ェ!
オイ、カチコミじゃい!積み荷が燃えよるけェ、まず火ィ消せ!
それと、吉布提におる兄ィにすぐ電話せェ!」
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「さっすがですわ、兄ィ!あの外道の小舟、えらい火ぃ噴いとりますわ。こりゃあ、もう沈んでまうかもしれまへんで!」
曼德海峡の也門側。胡塞組の若衆が喝采を上げる。
「いやぁ……よう分かりゃせんで。ちぃとタマぁ、取り損ねたかもしれんわ。
せやけどな──向こう岸には、あいつらの小屋があるでよ。
カエシ入れられる前に、さっさとズラかろまい。」
煙の立ち昇るロケットランチャーの発射器を降ろした、胡塞組の組員が落ち着いた顔で言う。
胡塞組の組員達は、乗ってきた高級車に戻ると、急発進させてシマに帰っていく。
──曼德海峡の吉布提側は旭日組等が『守る者』だが、也門側は胡塞組が『守る者』だ。
チョークポイントを『守る者』は、『通る者』に対しては無類の強さを発揮するが、胡塞組もまた『守る者』である以上、そこを通る旭日組の船を守り切ることには限界がある。
旭日組が吉布提側の岸辺で睨みを利かせることで、『守る者』のアドバンテージを発揮して被害を減らすことはできるが、対岸が胡塞組の手にある以上、ここを『通る者』としての旭日組の安全が完全に保障されるわけではない。
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「ワレェ!おどりゃテメェのシマのボケ共の躾も出来んのかいコラぁ!」
旭日組の鷹居組長は木刀を手に、『大使館』と呼ばれる旭日組のシマの中にある也門組の事務所の玄関先で怒鳴り声を張り上げている。
その横では盆栽の鉢が地面に叩き落とされて無残な残骸となっている。
「おどれらがダラしねぇザマぁ晒しよるけェ、見さらせ!ウチの若いモンが白い衣着ることになったじゃろうがい!
オラァ!このケジメ、どう取るつもりじゃいワレェ!」
……簡単に言ってくれるなよ。
也門組の組員は、門の外の鷹居の剣幕に背中を丸めながら居留守を決め込んでいる。
どれだけ他の組からの苦情を受けようと、也門組にはもはや胡塞組を押さえる力はない。
伊蘭組の手厚い支援を受ける胡塞組に対し、也門組の内情はガタガタだ。
若衆の統率が取れていないばかりか、向こう筋の什葉会から裏盃を受ける組員も多く、全くまとまりに欠け、什葉会の盃の下一糸乱れぬ連携を取る胡塞組とは勝負にならない。
こんなガタガタなところにチャカなど送ろうものなら、早晩それが胡塞組に横流しされることになるので、亜米利加組も兄弟筋ながら迂闊にチャカを送ってやることもできない。
結局也門組は、胡塞組を討伐するどころか、逆に自分たちが本家組事務を叩き出され、今では二次団体の阿殿組の事務所を間借りしている始末だ。
そして也門組のこの体たらくに危機感を抱いているのは、旭日組だけではない。
「兄弟、ちぃと手ェ貸さんかい。カチコミじゃけェ。
……胡塞組のバカタレ、今日ばっかしは許しゃせんけぇ。
也門組が始末つけれんのんなら、ワシら亜米利加組がビシッとケリつけちゃるけぇ。
どや、須田間の。……ワレ、イモ引くいうたら承知せんけぇのォ。」
……亜米利加組は、この事態にさらに強烈な危機感を持っている。
英吉利組の須田間組長の肩に腕を廻した鳴門組長は、耳元で囁く。
胡塞組へのカチコミの密談。須田間は、目を見開いて驚いた表情を見せる。
──亜米利加組の栄華を支えるものは一にも二にも海洋覇権だ。
この『紅海航路』と呼ばれる、曼德海峡を通るルートは、亜米利加組にとっても、シノギの面でも組ゴトの面でも重要なシーレーンだ。
しかし胡塞組は今、曼德海峡を押さえているような状態だ。これはつまり、もはやこの『紅海航路』は亜米利加組が安全に通れる道ではなくなり、密輸船を通せば被害を受けてシノギに支障が出て、若衆を乗せた極道船を通せばカチ込まれて作戦に影響が出るということだ。
そしてここに亜米利加組の力が及ばなくなるということは、中共組や露西亜組に付け入る隙を与えるということだ。
リムランドの要衝であるここが本格的に中共組や露西亜組等、ハートランドのランドパワー系暴力団の手に堕ちると、その二つが接続されて『覇権国家』が誕生しかねない。
こうなると亜米利加組のシノギどころか、シマまで危なくなる。何としても阻止しなければならない。
「……その話、乗ったるで兄弟。あの外道どもには、ウチかてもう堪忍袋の緒が切れとんねん。
ホンマ、あいつらどないしたろか思てたとこや。
ウチの若いモン、出したるさかいに……あの外道、キッチリ掃除するで。」
須田間組長は、了承の意を伝える。
──胡塞組の問題は、英吉利組にとっても非常に頭の痛い問題だ。
まず第一に、英吉利組の密輸してくる『油』は、殆どが曼德海峡を通って入ってくる。
ここが通れなくなると、喜望峰廻りの遠回りルートで運んでくることになるが、これではゼニも時間も余分にかかり、とてもシノギにならない。
そして英吉利組は、保険屋も重要なシノギなのだが……曼德海峡で胡塞組に暴れられると、保険金の支払いがアホほど出て行く。
曼德海峡ルートは世界列島の海上物流の3割を占めるドル箱路線だ。
これでは保険屋のシノギも干上がってしまう。
「せやけどなァ、兄弟。ウチのシマもお前のシマも、あの外道共のヤサからはちぃと離れすぎとるんや。
せやさかい、地元の筋のモンも引き込んだ方がええやろ。
……あの辺は昔はウチの筋やったんやけどなァ、ちぃと盃も切れてしもて、今はあそこの連中とは疎遠になってしもうたわ。
どないしたらええやろなァ……。」
須田間はウンウンと考え始めた。
今でこそ海洋覇権は亜米利加組がガッチリと握っているが、ほんの80年ほど前までは英吉利組が世界列島の海をシメていた。
その英吉利組の海洋覇権を支えていたのが、世界列島のリムランド要衝にある舎弟筋だったのだが……今はその盃はほとんど水にされてしまっている。
「心配せんでええけぇの、須田間ァ。こういう時にブチ頼りになる、狂犬みたいなヤツがおるんじゃけェ。
……あの外道共のヤサのすぐそばにおってのォ、ウチの筋のモンでのォ、しかも喧嘩っ早うて、すぐにでも飛びかかるような奴が、おるんじゃけェ。」
そう言ってニヤリと黒い笑みを浮かべると鳴門組長は電話を取り出す。
「……おォ、根谷屋けェ!ワレ、今ヒマしとるんじゃろがい?
ちぃとワシんとこに顔出さんかいのォ。……なんじゃ?謹慎はまだ明けとらん言うたか?
アホンダラ、ワシが来い言うとるんじゃけェ、そん時点でおどれの謹慎は終わっとるんじゃい!」
電話の相手は、以色列組の根谷屋組長だった。




