漆拾四 亜米利加組と胡塞組の抗争③
薄暗い座敷。畳の上には白布が敷かれ、中央の三宝に白磁の盃と徳利が乗せられている。
「……和泉の。これでワシらも兄弟やな。
ほんま、頼もしいわ。ワレみたいな骨の太いシーパワーがおったら、ウチらのシノギも、ええ具合に回るようになるさかいな。
よろしゅう頼むで、兄弟。」
吉布提組の緒丸若頭代行が、三宝から盃を取る。
対面する和泉の目を見ると、盃に口を付けて酒を一気に喉に流し込む。
ここは吉布提組のシマにある高級料亭、『阿殿閣』の奥座敷。
旭日組の若頭代行、和泉もまた、三宝に手を伸ばす。
「……緒丸の。ワシら兄弟は、この曼德海峡を守る刀と鎧じゃけぇの。
向こうの筋のモンに好き勝手させとったら、そっちのシノギだけやのうて、ウチらのシノギまで吹き飛んでしまうけぇのォ。
ほじゃけぇ、ワシら兄弟で手ェ取り合うて、胡塞組の外道どもにキッチリ、ヤキ入れてやらにゃいけんのんじゃ。背中は預けとるけぇの、兄弟。」
そう言うと、和泉は盃に口を付ける。
──最近はこの辺も、ホンマ物騒になってしもてな。
もうウチらの手ぇだけやと、どうにもならんようになってきとるわ。
せやさかいに、こういう盃でも交わしとかんと、ウチらのシノギが吹っ飛びますねん。
緒丸は内心、安堵の息を吐く。
吉布提組は、曼德海峡を挟んで也門組の対岸のシマに居を構える。
立派な港があり、そのシノギは海運に大きく依存する。
曼德海峡が平和であれば吉布提組のシノギはよく回るし、治安が悪くなれば船乗りたちから避けられかねず、シノギは干上がる。
……ところが最近、このあたりの治安は着実に悪化している。
20年程前は、索馬里組のシマの海上暴走族、彭特麗神愚による海賊行為が問題視されていたが、世界列島の本職ヤクザ各組が見廻りを強化したことで鎮静化していた。
転機となったのは也門組の胡塞組との内部抗争だ。
胡塞組が曼德海峡を押さえ、ここを通る船舶が攻撃される事案が出るようになった。
またこの混乱に乗じて、彭特麗神愚の海賊行為が再度活性化し始めたのだ。
これにより、かつて世界列島の海上物流の3割程が通過していた曼德海峡が敬遠され始めた。
今ではここ曼德海峡を通る船は、かつての三分の一ほどになってしまった。吉布提組にとって、この海域の治安回復は急務だった。
しかし吉布提組は懐に余裕がない。若衆にチャカを持たせて見廻りに就かせないと曼德海峡の治安は守れないが、とても吉布提組だけで守り切る体力がない。
そこで吉布提組は、旭日組等有力な暴力団組織と盃を結び、シマに組事務所を構えてもらい、曼德海峡への睨みを利かせてもらう戦略を取っている。
旭日組だけではなく、亜米利加組や仏蘭組、そして中共組が同様に盃を交わしている。
どこも、シノギを曼德海峡を通る密輸船に大きく依存する暴力団組織だ。
さらにこれらの組からは、事務所の家賃名目でミカジメ料を徴収できる。
また組事務所近くの弁当屋などは、これら暴力団組織がお得意様であり、そちらのシノギもよく回る。
吉布提組にとって、こういった面でもこの盃は美味しい盃なのだ。
──ここはワシらのシノギの生命線じゃけェ。
生命線っちゅうのは、命をつなぐ線じゃけェ、その線が断たれるいうことは……ワシらの命が、つながらんようになるいうことじゃけェ。
つまり、ワシらのシノギが干上がるっちゅうことなんじゃけェのォ。
……助かるで、緒丸の。
和泉もまた、この盃に安堵している。
欧州連合の各暴力団は旭日組の親戚筋にあたる。シノギも活発で、実に旭日組のシノギの1割は欧州連合が相手先だ。
曼德海峡が通れなくなると、そのシノギは大打撃を受ける。
阿弗利加島を迂回し、喜望峰を回って欧州地方に船を回すことはできるが、日数もかかるし、距離が延びる分一回の航海で数億イェン規模のゼニが余計にかかる。
これではシノギが成り立たない。
曼德海峡の安定は、生粋のシーパワー系暴力団であり海にシノギを依存する旭日組にとって死活問題だ。
ここの安全に比べたら、吉布提組へのミカジメや組事務所の経費など、はした金でしかない。
さらにこの盃により、旭日組もまた、この曼德海峡を『守る者』の列に加わった。
『通る者』より『守る者』が圧倒的に有利な『チョークポイント』に組事務所を建てる。
これはつまり、この曼德海峡の秩序形成において、旭日組の発言力が強まったということでもある。
……曼德海峡が通れんようになったら、欧州とのシノギが干上がる。
干上がるいうことは、ゼニが止まるいうこと。
ゼニが止まるいうことは──ウチの若い衆にチャカも握らせられんようになるいうことなんよ。
つまり……ウチらの代紋も、消える。
シーパワー系暴力団が守るべきものは、自分のシマだけではない。
シノギの命脈である、シーレーンを守り抜くこと。これがシーパワー系暴力団が生き残る為の絶対条件だ。そしてこのような盃は、その手段だ。
和泉は、その覚悟を新たに、盃を半紙に包んで懐にしまった。
しかし……




