漆拾弐 亜米利加組と胡塞組の抗争①
加達組のシマにある港町、潟良町の高級料亭、『月影楼』。
静かな夜、畳敷きの奥座敷で、以色列組と巴勒斯坦組の手打ち盃が交わされていた。
亜米利加組の鳴門組長の仲裁で一旦は手打ちが成立していたが、抗争は再燃。
加沙町を舞台に、日夜血で血を洗う命のやり取りが繰り広げられていた。
……その後の亜米利加組の働きかけにより、以色列組も仕方なしに巴勒斯坦との手打ちを承服。
本日、この『月影楼』に集うこととなった。
床の間には和合神を描いた掛け軸がかけられ、三宝には塩と神酒、向かい合った鯛が乗せられている。
席を持つ立会人の加達組若頭、有佐仁が若衆に目配せをする。
加達組の若衆が、静かに、以色列組と巴勒斯坦組の出席者をを隔てている屏風を外す。
上座に座る以色列組と、下座に座る巴勒斯坦組の幹部組員が顔を合わせる。
以色列組の面々は、不承不承この場に連れてこられたのが見え見えの不貞腐れた態度が顔に出ている。
巴勒斯坦組の出席者の表情からも、前回、羽仁屋組長が指を詰めてまで臨んだ盃を水にされたことへの不信感が滲み出ている。
「──本日ここに、以色列組と巴勒斯坦組、長きに渡る争いの末、決して交わることのなかった両家が、この場にて、盃を交わさんとする。」
見届け人の亜米利加組 丸古若頭代行が手打ちの口上を述べる。
「──この盃は、両家の……」
──パァン!
「お、お客様ぁ!何を!……ぐほッ!」
丸古が口上を述べているところ、座敷の外で銃声と、支配人の断末魔が響く。
異変を察知した各組の若衆が、懐からチャカを取り出し、各々の主の前に立ちふさがる。
「楓馬、おみゃあは控えとりゃあせ。」
巴勒斯坦組の若頭代行、灰谷は自らの前に立ちふさがって守りを固める実子の楓馬に声をかける。
「親父、今のオレぁ羽仁屋のおやっさんから盃もろとる、アンタの舎弟やで。弟分が兄貴守らんで、どないすんのや。」
楓馬はニコリとはにかんでみせる。
「…来よるで。」
座敷に緊張が漂う。
次の瞬間、座敷の襖が蹴破られる。
それと同時に、チャカがフルオートで放たれる。
バタバタと巴勒斯坦組の若衆が倒されてゆく。
「楓馬ッ!……おみゃあ、ようもワシの息子をッ!」
灰谷はチャカを抜き放ち、闖入者を撃ち倒す。
胸を撃ち抜かれた鉄砲玉は、その場に仰向けに崩れ落ちる。
……その胸には、以色列組の代紋を刻んだバッジが光を放っていた。
「ワレェ!こりゃ一体どういうことだコラぁ!」
灰谷は以色列組の出席者にチャカを向けるが、引き金を引くより一瞬早く、以色列組の若衆が灰谷のチャカを叩き落とした。
「……勝沢の。どういうことじゃ。説明せェ。」
丸古は、凍り付くような冷たい声で以色列組の若頭、勝沢を詰問する。
「さぁて……世の中、妙なこともあるもんだがねぇ。」
勝沢は不敵な笑みを浮かべている。
この日、両家は手打ちの盃を交わすどころか、亜米利加組が呼びかけて仲裁し、亜米利加組の兄弟筋が席を持つ盃の場で、手打ち当事者であり亜米利加組の兄弟筋である以色列組が、もう一方の当事者の巴勒斯坦組の幹部組員の暗殺を謀るという、任侠史上類を見ない事件となった。
当然、以色列組と巴勒斯坦組の盃は決裂。
亜米利加組は以色列組にメンツを潰される結果となった。




