漆拾壱 亜米利加組と伊蘭組の抗争④
「嵌根の親分、鳴門さんが言うてはる通りちゃいますのん?
アンタら、ホンマにやましいことあらへんのやったら、好きなだけ調べてもろたらよろしいやんか。
それを渋るっちゅうんは、なんか後ろめたいことあるんちゃいますのん?
……ほな、この件は亜米利加組の『先制正当防衛』っちゅう筋で、事件性ナシいうことで……。」
那統会出身の刑事が強引に話を終わらせようとする。
「待たんかいコラァ!そない筋の通らん話、あるかいな!
ウチゃなァ、他所様に迷惑かけた覚えもなけりゃ、亜米利加組の外道どもにチャカ向けたこともあらへんがね!
それをや、なんの了見で一方的にウチのせいにしてくるっちゅうんや!」
嵌根組長は那統会の刑事を怒鳴りつける。
「あァ?お前コラァ、伊蘭組ごときが何を偉そうにほざいとんねんボケがァッ!
ええか、よう聞いとけやボケぇ!ここではなァ、亜米利加組が黒言うたら、白いモンでも黒なんや!
わかったらサッサとエンコ詰めて、鳴門の親分に土下座して詫び入れんかいコラァ!」
那統会の刑事は嵌根の抗議を一蹴する。
……極道達から『国連』と呼ばれるこの世界列島の警察は、ヤクザに乗っ取られているだけに、亜米利加組のような強力な暴力団組織の意向が優先される。
力こそ全てであり、力のない組織が意向を通す術は基本的には存在しない。
しかし……。
「ほぉ〜?那統会ごときが、ウチの伊蘭組をようも舐め腐ってくれたもんやがね。
その伊蘭組『ごとき』が本気出したら、アンタらどうなるか──目ぇかっぽじって見ときゃあよ。
ワシらもなァ、『正当防衛』っちゅうもんが必要になってきたわ。
……忽魯謨斯海峡、封鎖したるがね。覚悟しときゃあよ、この外道共がぁっ!」
嵌根組長は凍るような冷たく突き放す声で言い放つ。
その瞬間、取調室の空気が凍り付く。
那統会の刑事は、サッと血の気の引いた顔で目を見開く。
中共組の刑事は恨めしそうに那統会の刑事を睨む。
鳴門組長は一瞬遅れて事態を呑み込み、額に汗を浮かばせる。
旭日組の刑事は、泣きそうな顔をしている。
余裕な顔をしているのは、露西亜組の刑事くらいだ。
──忽魯謨斯海峡は、世界列島に供給される『油』の命脈だ。
亜米利加組自身は、50年前とは打って変わって現在ではここを通る油に依存していない。
フロント企業の『亜米利加石油』が開発した『シェールガス』という技術で、油を自給できるようになった。
しかし、兄弟筋の組は已然ここを通る油にその生殺与奪を握られている。
ここを封鎖されるということは、兄弟筋の組が離反しかねないということだ。そうなると盃が力の源泉である亜米利加組は弱体化する。
旭日組は言うまでもない。兄弟筋の亜米利加組が喧々諤々の口論を続けるさ中、旭日組の刑事が沈黙を貫いていたのは、伊蘭組を怒らせるということは忽魯謨斯海峡を封鎖される、つまり旭日組のシノギが吹き飛ぶということなので、伊蘭組に強く出ることができなかったからだ。
そしてこの事情は中共組も一緒だ。封鎖するということは海に爆弾を仕掛けて船を通れなくすることも含む。
筋違いだろうが兄弟筋だろうが、船がこの爆弾に触れれば平等に海の藻屑と消える。
中共組の刑事は、勘弁してくれよ兄弟、と頭を抱えている。
結局この封鎖の影響を受けないのは、庭を掘れば油が噴き出すようなシマに居を構える露西亜組くらいのものだ。
いや、むしろ露西亜組にとっては封鎖されてくれた方が有難い。
──どこの組も、封鎖されて中東地方から油が入ってこなくなれば、制裁で買い手のつかない露西亜組の油を買うしかなくなるのだから。
結局この日は、取り調べも何も、そもそも事件自体も有耶無耶になり、解散となった。
*****
「この通りじゃ、近平の親分……。
なんとか、嵌根の親分のお怒りを、鎮めてもらえんじゃろうか?」
ここは中共組の本家組事務。
亜米利加組の丸古若頭代行が、床に頭を擦りつけている。
中共組は亜米利加組とは筋の異なる対立組織だ。
その相手にに頭を擦りつけて仲裁を頼むなど、面子を重んじるヤクザにとっては耐えがたい屈辱だが……亜米利加組はもはや伊蘭組と話ができる関係にない。
「ったくよォ……。テメェんとこの親分、ありゃ狂犬か?
嵌根の兄弟を追い込んだら、そりゃこうなるのは分かり切ってることじゃねえか。」
中共組の近平組長は、忌々しそうにタバコの灰を落としている。
──今回の封鎖騒動の元凶となった伊蘭組のアトミックチャカ開発。
これは基本的に中共組にとってはウェルカムだ。
伊蘭組がアトミックチャカを持てば、亜米利加組は確実にそちらに若衆を取られる。
これはつまり、中共組が影響力拡大を狙うインド太平洋海域の睨みが薄くなることを意味する。
そして盃を持つ限り、そのアトミックチャカが中共組に向けられることはない。
中共組にとっては伊蘭組のアトミックチャカはノーリスクでメリットだけがある、魔法のチャカなのだ。
……ただし、『亜米利加組との抗争にならない限りにおいて』だ。
亜米利加組と伊蘭組の抗争は、今回のように中共組もとばっちりを受けるし、場合によってはチャカの弾が飛んでくる。
そうなると先に上げたメリットなど軽く吹き飛ぶので、やはり中共組としては程々に自重して、うまくやってくれ、というのが伊蘭組に対する思いでもある。
「……返す言葉もございませんですじゃ、近平の親分。
頼むけェ、なんとかしてつかぁさいや。」
丸古は尚も額を床にこすりつける。
額が赤くなっている。
……結局、ケツ拭くんはワシかいのォ。おやっさん、後始末のことも考えてつかぁさいや。
丸古は心の中で毒づく。
「ったく、しょうがねぇなァ!嵌根の兄弟には、ウチから一言入れといてやるよ。
……どうせカマシだろうし、やっても長くは続かねェはずだ。」
忽魯謨斯海峡の封鎖は、伊蘭組にとっては自殺行為でもある。
この海峡が封鎖される限り、伊蘭組自身のシノギも止まる。長期化すると伊蘭組自身が困窮する。
また、ここは伊蘭組以外の中東地方の組のシノギの命脈でもある。
ここを封鎖すると、中東地方の暴力団組織全体のシノギが止まる。当然恨みを買い、場合によってはカチコミを受けかねない。
そして亜米利加組はこの封鎖を強行突破する能力がある。
守る者が圧倒的に有利な『チョークポイント』ではあるが、圧倒的な暴力をぶつけてやることでそこを破ることは可能だ。
つまりこれをやられるときは、同時に伊蘭組が亜米利加組にカチ込まれ、潰される時だ。
従って、伊蘭組にとって封鎖は、自らの命と引き換えの最終奥義なのだ。
そう簡単に発動できるものではない。
「……で、テメェら、俺らと、伊蘭組に何をしてくれるんだ?
タダでナシ付けてくれなんて、虫のいい話はねェよなァ?
お心づけくらいはあるんだろ?あァ?」
……捨て身の最終奥義とはいえ、発動される可能性が僅かでもある以上、亜米利加組は対応を余儀なくされるのだ。
(うがぁぁあ!……おやっさん、わしゃ一体どうすりゃええんじゃぁああ!)
丸古の苦労は絶えない。




