漆 五分の兄弟②
「ほ〜ん、緑土島か……こりゃあ、なかなかええシノギになりそうじゃのォ。」
…まずい。口を滑らした。
丸古若頭代行のこめかみに汗がにじみ出た。
牌を切る手が震える。
鳴門組長は今、半グレ集団・MAGA聯合との懇親会を兼ね、聯合の有力者・増久を組事務所に招待し、麻雀を打っている。
そこに丸古と、『実話任侠アメリカン』記者も同席し、卓を囲んでいる。
増久は自動車整備業を生業とする傍ら、無線業等様々な亜米利加組のフロント企業を展開する、地元の有力者の資産家でもある。
話題が丁抹組のシマ、緑土島の話になった。
丁抹組は、亜米利加組が兄弟盃を結んでいる先であり、那統会の一員でもある。
緑土島は加奈陀組のシマと欧州連合のシマとの間、加奈陀組よりの位置にある極北の島で、丁抹組の分家がシメている。
「いや〜親分……こげんこつ言うのもアレじゃけぇど、中共組の連中がレアアース絞りよるけぇ、ウチらのシノギも、なかなか厳しい状況なんじゃ。」
増久が言う。
「ほうか……そいはアカンのォ。
そや丸古──ウチのシマにな、そのレアアースっちゅうブツは眠っとらんのんか?
ちいと掘り起こしてみる価値はあるけぇ。」
中牌を切った鳴門組長の問いに丸古部長は答える。
「昔はウチらもようシノギ張っとったんじゃけぇど、中共組の外道どもが大安売り仕掛けてきよってからに、稼ぎがガタ落ちして、夜逃げするモンも出よったんですわ。
丁抹組の緑土島なんかも、あそこはブツの宝庫ですが、こないだ中共組が唾つけてきよったんです。
ほんで、ウチと丁抹組でちぃとカマシ入れてやったら、連中、芋引いて尻尾巻いて逃げよったけぇ、今は手付かずですわ。」
「何じゃいその丁抹組の緑土島っちゅうのは。」
丸古は緑土島の位置関係などを説明する。
「ここは露西亜組のシマにも近いけぇ、ウチらの組事務所、置かしてもろうとるんです。
チャカもちゃんと揃えとりますけぇ、いざとなりゃすぐ動ける構え整えとりますわ。」
「ああ、あそこはええとこですけぇ、親分。
ウチのシノギで使いよる無線も、あそこに中継基地置いたら、だいぶ使い勝手が良うなるけぇの。
……すんまっせん親分、ロンです──立直・平和・ドラドラ、ごっつぁんです!」
アガリを宣言しながら、増久は言う。
「アッ!増久、コラお前、何さらすんじゃワレェ!
……ったく、ホレっ、早よ持っていけッ!
ほんで丸古、緑土島買うたるけぇの。ナンボじゃ?」
部屋住みから水割りを受け取って飲んでいた丸古は、ゲホゲホとむせた。
「…おやっさん──あそこは丁抹組のシマじゃけぇ。
いくら兄弟分の亜米利加組が相手じゃ言うてものォ、シマぁ売るっちゅう話になったら、カタギさんに示しがつかんけぇ、丁抹組もそがぁ簡単に手放さん思いますわ。」
「ほうか……そいならのォ、緑土島の丁抹組の事務所に、ウチの若い衆に顔出させて、ナシつけてこさせりゃええんじゃろうが。
そんかわり、タマの一つも取る覚悟で動くんなら、話も早うつくけぇの。」
丸古は、仰天する。
「おやっさん──そがぁな真似、ほんまやめてつかぁさい!
丁抹組はウチと五分の兄弟分じゃけぇ──その盃汚すようなことしたら、那統会の兄弟衆からも縁切られますけぇ。」
しかし…同席していた『実話任侠アメリカン』の記者に口止めしておかなかったのはまずかった。
というか口止めしていても鳴門組長の言動を制御し続けることは不可能だった。
『実話任侠アメリカン』の記事を発端に、実話各紙が鳴門組長に取材を敢行。
鳴門組長は何ら言葉を濁すことなく、あけすけとこう言い放った。
「緑土島はのォ、亜米利加組がケツ持っとった方が、筋も通るしカタギさんも安心して動けるけぇ。
ウチが面倒見るんなら、話も早かろて。
丁抹組?ああ、ゼニは払うけぇ、そのへんは心配いらんわい。
……ちぃとウチの若い衆がお邪魔するかもしれんけぇ、その時はよろしく頼むで。ガハハハッ!」
──この記事は、丁抹組はもちろん、那統会に参加する各組も激怒させた。
数日後の那統会の寄り合いは、荒れた。
「おい鳴門──テメェ、いったいどういうつもりだぎゃあコラァ!
盃も無ぇ昔ならともかく、今はワシら兄弟分だでよ!
その盃をなんだと思っとるんだわ!
指詰めて風雷の兄弟に、きっちり詫び入れてこいやァ!」
独逸組の緒留津組長が割れ鐘のような大声で鳴門組長に怒号をあげる。
「鳴門はん、アンタ、ウチの組舐めとるんとちゃうか!?
代紋に泥塗られて、黙っとれるわけねぇがや。
……覚悟はできとるんだろうなァ?あァ?
ワシはなァ、代紋のためなら身体張るで──それがウチの筋やがや。
よう聞け!ウチの緑土島はなァ、売りもんじゃねぇんだわ!!」
丁抹組の風雷 明二組長はドスに手をかける。
上着を脱ぎ棄てたその背中には、氷原を駆ける一匹の白狼が、冷たい視線を放っている。
沈黙を守るかの如く閉じられたその口からはしかし、義の道を外れたものを決して許さぬが如く、氷の牙がのぞいている、それは見事な彫り物だった。
「…風雷の兄弟。ドス、しまいなはれ。
なァ鳴門の兄弟……ウチらな、那統会で兄弟盃結んだときに言うたやろ。
『兄弟の誰かのシマにカチコミ入れられたら、全員でその外道にカエシ入れる』──そう約束したん、まさか忘れてへんやろなァ?
アンタが丁抹組に鉄砲玉飛ばすっちゅうんなら──ウチら、チャカ持ってアンタんとこ行くで?
……ええんか、ホンマに。」
仏蘭組の眞玄組長がドスを抜き放った風雷組長を制止する。
「何言いよるんじゃ、ワレェ!?
来れるもんなら来てみいや、この三下がぁッ!
貫目も何も足らんカタギ崩れが、ウチの兵隊に勝てる思うとんか、オォ!?
喧嘩ん時はウチの組におんぶにだっこで、尻拭いてもろうとったくせに、相手見てからモノ言わんかい、バカタレがぁッ!」
鳴門組長は一歩も退かずに言い返す。
「……ああ、そうじゃ。今日はおどれらに一つ言うときたかったんじゃ。
よう聞けや三下ども──
さっきも言うた通りじゃが、おどれらは喧嘩ん時、ウチの組がおらんかったら手も足も出らんで、ションベン垂らして逃げ帰るだけじゃろが。
ちぃと甘えすぎとるんちゃうんか?テメェのケツくらい、テメェで拭かんかい!
よう聞け──おどれらのシノギの最低5分、そんだけのゼニ集めて、亜米利加組からチャカ買え。
そしたらしゃーない、出入りん時はウチの兵隊貸したるけぇ。
それが出来んっちゅうんなら、亜米利加組は一切手出しせんけぇのォ。
……分かったんか、ボンクラどもッ!!」
場は静まり返る。
しばしの沈黙の後、独逸組の緒留津組長が口を開く。
「分かったで、鳴門──
……せやけど、ホンマにええんやな?ウチ、チャカ買うてまうで?
あとで『そんなつもりやなかった』っち言うても、もう遅いがや?」
那統会。これには欧州連合の特定の組が強くなりすぎ、『覇権国家』となることを防ぐ意味もあった。
欧州連合はユーラシア本州に位置する。…ハートランドに手が届く場所だ。
特定の組が力をつけすぎ、ハートランドを手にすることの無いよう、各組の力が露西亜組に及ばないよう調整する。
そしていざ露西亜組との抗争になった際は、亜米利加組の戦力を加えると露西亜組を圧倒できる。
そういう絶妙な力加減となるよう、代々の亜米利加組の組長は暗躍してきたことを、鳴門組長は理解していなかった。
その後英吉利組の須田間組長が取り成し、何とかこの爆発寸前の寄り合いをシメた。
しかし、この日、那統会の亀裂は決定的となった。