陸拾捌 亜米利加組と伊蘭組の抗争①
これは今から50年程前のこと。
「大ごとじゃ、おやっさん!」
亜米利加組本家組事務所に、若頭の折田の声が響く。
「何事じゃい、騒々しいぞ、折田ァ!」
片瀬組長が新聞を閉じる。
「伊蘭組の、場浦備組長が……ハジかれよったんじゃけェ!」
「何ィ!?場浦備の兄弟が?どこの外道にやられたんじゃい!」
片瀬は驚愕の表情を浮かべ、椅子を蹴飛ばして立ち上がる。
「什葉会じゃけェ!……誉井の外道が、鉄砲玉を飛ばしよったんじゃ!」
──伊蘭組。これは中東地方の雄たる地方暴力団組織だ。
中東地方は、リムランドの要衝で、蘇連組包囲網の要だ。
亜米利加組は伊蘭組とは兄弟盃を結び、親戚付き合いをすることで蘇連組に対する睨みを利かせている。
……その蘇連組包囲網の一角が消失したということだ。
そして回教一家の二次団体、什葉会。
これはこの当時は亜米利加組や蘇連組のように、シマを守って抗争を繰り広げながらシノギを張るタイプの暴力団ではなかったが、これが伊蘭組のシマを押さえて一家名乗りを上げた形だ。
今は一本独鈷を貫いているようだが、これがもし蘇連組と盃を交わすような事態になれば、ハートランドとリムランドが繋がり、蘇連組は海へのアクセスを得る。
こうなると蘇連組は『覇権国家』に一歩近づく。
片瀬組長は、怒りに任せてドンと執務机を殴りつける。
湯呑が倒れ、茶がこぼれる。
「折田ァ!こりゃあ一大事じゃぁ!
すぐ臥院の親分に電話せェ!」
伊拉克組。これは蘇連組と盃を結ぶ、伊蘭組のシマの隣町をシメる地方暴力団組織だ。
組長の臥院 定は、遜尼会と盃を交わしている。
遜尼会は什葉会同様に回教一家に属するが、とにかく什葉会と仲が悪く、別筋といって差し支えない。
しかし伊拉克組には什葉会と盃を持つ組員も多くおり、今回、伊蘭組が什葉会に倒されたことで什葉会系の組員が勢いづき、内部抗争になることを恐れているはずだ。
「臥院の親分けェ?わしゃ亜米利加組の片瀬じゃ。
…ワレェ、待たんかい!おどれにも悪い話じゃ無ァ。」
伊拉克組は蘇連組との盃を持つだけに、亜米利加組とは折り合いが悪い。速攻で電話を切ろうとする臥院組長を、片瀬は引き留める。
「……のォ、誉井の外道が、ワシの兄弟を弾きよったんじゃけェ。おどれも知っとろうがい?
ワシも弱っちょるがのォ、おどれも困っとるんじゃ無ァか?
……なァに、困った時にはお互い様よ。これまでのことは綺麗に水に流してのォ……。」
黒い笑みを浮かべて、片瀬組長は電話を切る。
「折田ァ!手打ちの盃を手配せェ!
あとチャカもぎょうさんこさえとけ。臥院のボケに送っちゃらにゃならんけェ。」
*****
かくして、亜米利加組と伊拉克組の手打ち盃は交わされた。
そしてほどなく、臥院率いる伊拉克組は、誉井の首を取りに伊蘭組のシマにカチ込む。……亜米利加組から供与された高性能なチャカを片手に。
「あァ、こりゃ臥院の親分。……へぇ、まぁ事情は分かりますけんどのォ。……あァ、スマンがのォ、そこんとこは勘弁してつかぁさいや。ウチも中々厳しうてのォ。」
片瀬組長は、電話を置くとタバコを取り出す。
ライターを取り出して片瀬の煙草に火をつけた、折田は問う。
「おやっさん……ほんまにそれでええんですかいのォ?チャカ、まだ余裕がありますけェ。
臥院の親分──どうも、押され気味みたいですけェのォ……。」
伊拉克組から矢のようなチャカの催促が来ている。
伊拉克組は、亜米利加組に欧州連合、そして蘇連組と、フルラインナップでの支援を受けているが、それでも相手は長年亜米利加組の兄弟筋だった伊蘭組。
亜米利加組の兄弟筋時代にため込んだチャカのストックが分厚く、伊拉克組は苦戦している。
……しかし、片瀬は、伊拉克組へのチャカ送りを渋っている。
「折田ァ。どこにチャカの余裕があるっちゅうんじゃい?
……あァ、あれか。──あのチャカは伊蘭組に送っちゃるんじゃけェ。」
折田若頭は仰天する。
「おやっさん!臥院の親分を見捨てる言うんですかいのォ?
それに誉井のボケ、あれは亜米利加組に盾突いとる外道じゃけェ──
そがぁな奴に肩入れするんは、ウチの代紋に泥塗るようなモンですけェ!」
片瀬は紫煙を吐き出しながら言う。
「折田ァ……このままいきゃあ、臥院の奴が勝ちよるで。
あれは別にウチらの兄弟分いう訳でもなかろうがい。
あいつが勝ちよったら、困るんはウチの方じゃけェのォ。
……のォ、折田ァ。ここらでひとつ、あのボケ共には仲良う地獄に落ちてもらおうやないかいのォ──
共倒れっちゅうやつじゃ。」
──臥院率いる伊拉克組は、中東地方制覇を掲げるランドパワー的な地方暴力団だ。
仮にこれが伊蘭組に勝利し、併呑すると、中東地方のパワーバランスを崩しかねない巨大暴力団組織が出来上がる。
そして伊拉克組は蘇連組との盃を持つ。ハートランドとリムランドの連結という意味では、このシナリオは伊蘭組が蘇連組と盃を持つよりタチが悪い。
かといって伊蘭組を放置する選択肢もない。亜米利加組との盃が切れた今、いつ蘇連組に接近してもおかしくなく、これはこれで蘇連組が『覇権国家』に近づいてしまう。
……亜米利加組にとってベストなシナリオは、この抗争により双方とも疲弊して共倒れになり、亜米利加組に盾突く力を失うことだ。
「ええか、間違うなよ、折田。
ワシらにとって大事なのは、盃も持たねぇ伊拉克組でも、伊蘭組でも無ァ。
……忽魯謨斯海峡。ここの火種が消えれば、それでええんじゃ。」
忽魯謨斯海峡。そこは暴対課がマークする『チョークポイント』の一つだ。
それもただの『チョークポイント』ではない。……ここは亜米利加組の命脈ともいえる。
当時の亜米利加組は、消費する油の半分は中東地方から買ってきている。
これが入らなくなると、亜米利加組は数か月で息の根が止まる。
忽魯謨斯海峡は、中東地方からの『油』を運ぶ密輸船が必ず通過する場所だ。
そしてそこを支配できるのは、伊蘭組のシマを支配している者──誉井組長だ。




