陸拾漆 比律賓組と中共組の抗争④
その数日後。南シナ海、美済島沖。
「……オッ、来よったばい。」
比律賓組の組員が双眼鏡を覗きながら呟いた。
水平線の向こうから、灰色の巨体がゆっくりと現れる。
「亜米利加組の『航行の自由作戦』や。」
その声には、期待が混じっていた。
甲板上で、チャカを構えた亜米利加組の組員が手を振る。
その頭上に、亜米利加組の代紋、『星条旗』がはためく。
そして代紋『旭日旗』をはためかせた、旭日組の巨艦が後に続く。
その後ろには、『ホワイトエンサイン』を掲げた英吉利組や豪州組、『トリコロール』を掲げた仏蘭組の極道船団の巨大な艦影が通り過ぎていく。
そして、中共組が盛り土を進める美済島のすぐ脇を、堂々と通過していく。
──比律賓組の相談を受けた亜米利加組は、即座に動いた。
「なんじゃとォ?あァ?あん外道がそがぁな筋の通らん真似しよったんかいのォ!」
亜米利加組の二次団体、米軍組の古都組長は額に青筋を浮かべて激怒した。
梨花富会により、村加海峡は兄弟筋の旭日組が押さえているが、そこを抜けた先は南シナ海だ。
ここが中共組に押さえられるということは、折角、村加海峡を押さえても、シノギも、ひいてはシマの生殺与奪も中共組に握られているということだ。これでは意味がない。
「安心せェ、兄弟。……ウチの筋のモン集めて、ちィと『ドライブ』に行ってやるけェのォ。」
古都は、不敵な笑みを浮かべる。
*****
「おいおい、何やってんだアイツら……ウチのシマの目の前を、筋も通さねえで通りやがって……。」
ヘルメット姿の中共建設の現場監督が、無線で怒鳴る。
「コラぁ!テメェ、何してやがるんだ馬鹿野郎!」
中共組の若中が現場に駆けつけ、亜米利加組の巨艦に並走する。
「ウチのシマに、ウチに仁義も切らねぇで入って来やがって、どういう了見だコラぁ!」
あまりの大音声に声が歪み、メガホンがキーンとハウリングを起こす。
だが、亜米利加組の艦は止まらない。
無言のまま、堂々と『12海里』の内側を通過していく。
──『12海里』。これは『領海』と言われる絶対領域であり、代紋を掲げた極道船が通る際は隣接する『陸地』をシメる暴力団組織に挨拶を入れ、仁義を切ってからでないと『カチコミ』と見做され、抗争に発展してもおかしくない。
それが任侠の掟であるが、『低潮高地』にはそれが付かない。
……そう、亜米利加組がやっているのは、「いくら人為的な工事で『陸地』に叩き直しても、所詮は『低潮高地』なんだから、ここは『領海』じゃねぇよなァ?」というのを、暴力の権化である極道船を通すことで行動で示すことなのだ。
船列の最後尾を走る比律賓組の極道船の甲板で、組長の本保は上機嫌に紫煙をくゆらせる。
「最初は、こんなモン効くわけなかっち思うとったばってん──こりゃなかなかよう考えられとる作戦やなァ。」
亜米利加組を訪ねた際、米軍組の精鋭を送り込んであの人工島を更地にして魚の住処にでもしてくれるものと思っていたが、亜米利加組の回答は『ちょっと船を出してドライブに行ったる』というものだった。
正直拍子抜けしたが、よくよく考えるとこれは恐ろしい作戦だ。
仮に中共組が「ウチの『領海』で何しやがる!」とでも言って攻撃してくれば、それは亜米利加組はじめ兄弟筋の暴力団組織に抗争を仕掛けるのと同じこととなる。
そうなれば、中共組の滅亡は免れない。
かと言って、指を咥えて見ていれば、それはそこが『中共組の領海ではない』ということを中共組自身が認めることとなる。
……そして今回、中共組は、『指を咥えて見ている』ことを選択した。
仮にこの作戦を比律賓組単体で実施していれば、中共組に潰されて終わりだっただろう。
この作戦は、海の絶対王者の亜米利加組と、その兄弟筋の巨大暴力団組織が行うことにより、その効果を発揮する。
中共組の若衆は、拳を握りしめながら歯噛みする。
「……覚えとけよ、クソっ!
あの外道共、ウチのシマに勝手に入ってきたツケは、いつか必ず払わせてもらうからな……。」
艦影はゆっくりと遠ざかる。
しかし、南シナ海の火種は、各暴力団組織の利害対立を燃料にくすぶり続ける。




