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陸拾陸 比律賓組と中共組の抗争③

──シマの『領有』という概念は、そもそもが欧州地方の暴力団組織の概念だ。

中共ちゅうきょう組はじめ亜細亜地方の暴力団組織には、もともとそのような概念はなかった。

各組の『組長の貫目が通る範囲』程度のものが亜細亜地方の『シマ』の定義で、その境界は曖昧だった。


ところが『大航海時代』と任侠史に刻まれる時代。西班牙すぺいん組や阿蘭陀おらんだ組などの暴力団組織は対外拡張を始め、海を越えた先の地方暴力団組織にカチ込んで回り、『シマ』を切り取って回った。


「ここはどこの組の『シマ』や?」──西班牙すぺいん組の組員が聞く。

「おまんは何を言うとるとか?訳が分からんばい。」──比律賓ふぃりぴん組の長老が返す。

「ほうか。ほな誰のモンでもないわな。今日からここは『ワシのシマ』やさかい。」──西班牙組の組員は強引にナシを付ける。

(…何だったんじゃい、あの他所モンは…。まあよか、釣りにでも行こうかの。)──そして比律賓組の漁民が釣りに出かける。

「ワレェ!お前何を『ウチのシマ』に筋も通さねぇで入って来とるんじゃ!ブチ殺すぞボケぇ!」──西班牙組の組員はチャカを弾く。


……こんな感じで、『シマの領有』という欧州地方のルールが、亜細亜地方になかば押し付けられるように広められていき、そしてそれが既成事実化されていった。

そう、今日の世界列島の秩序は、この時に世界列島を蚕食していった欧州暴力団組織の秩序を土台に形作られたものなのだ。


そして南シナ海の島々に話を戻す。

ここがこの『欧州の秩序』に取り込まれたのは割と最近のことで、100年も経っていない。

言い換えればこれらの島々は、その時まではどこの組からも『領有』されていなかったのだ。


*****

……そうは言うてものォ……。

判事はウンウンと考えこむ。

……この問題、ケリぃ付けんことには、中共ちゅうきょう組も比律賓組もおさまらんわい。


この南シナ海は、『シーレーン』の要衝。実にこの世界列島のブツの3割がこの海域を通る。

このシマを押さえることは、その組のシノギを守るだけではない。他所の組のシノギの生殺与奪を握るということでもある。

そして相手にこのシマを押さえられることは、自分たちのシノギの生殺与奪を相手に握られるということだ。


いくら歴史的にはこの南シナ海の島々が中共組や比律賓組に『領有』された事実がないにせよ、今の世界列島の秩序は欧州流の『シマの領有』という概念が前提で成り立っている。

相手に『領有』されたら、この海域での自分たちの『権利』を失い、さらに自分たちのシノギの生殺与奪を相手に献上するということ。中共組も比律賓組も必死だ。


……ウン、こりゃ棚上げしかないのォ。

判事は『領有』については有耶無耶にすることを決意する。

「被告人の請求を退ける。

当該海域の所謂『シマ』は、『岩』ないし『低潮高地』であると認められる。

『陸地』にはあたらないので、いずれの組の『海洋権益』もこれを認めない。」


裁判長は判決を下す。

呆然と立ち尽くす被告人席の中共組の組員。


──陸地である『島』には、極道達の間で『排他的経済水域』と言われる、優先的にシノギを張れる水域が付いてくるが、人の住めない『岩』や、干潮の時だけ頭を出す『低潮高地』にはそれが付かない。

これはつまり、比律賓組の漁民を、「ここはウチのシマだ」と言って海域から叩き出していた、中共組の筋が通らなくなるということだ。

……比律賓組を叩き出すことができなければ、中共組が南シナ海をシメることができない。


「ハァ?テメェ、何を言ってやがるんだコラぁ!

黙って聞いてりゃ出鱈目抜かしやがって、ンな判決、認められっかよ!

法律屋が何の権限でウチの組に指図しやがるんだ!

……いいか、覚えてやがれ!あそこは俺らのシマだ!俺らのやり方を通させてもらうぜ!」

そう吐き捨てると、中共組の組員は被告人席を蹴り倒し、叩き壊す。

法廷侮辱で警備員に両脇を押さえられ退廷させられていく中共組の組員を、比律賓組の組員は満足そうに眺めていた。


*****

「おーし、いいぞォ!そこに盛り土せェ!……アッ、馬鹿野郎、テメェ、図面からズレてんぞコラぁ!

指詰めさすぞボケぇ!」

ヘルメットを被った中共組の組員が、フロント企業の『中共建設』に指図する。

……ここは先日の裁判で敗訴し、『低潮高地』であるとされた美済みすちふ島だ。


盛り土が投入され、澄んだ青色だった海が茶色に濁る。


「コラァ!なんばさらしよっとかこのクソボケがぁっ!

ワレェ、裁判で負けとるくせに、まだノコノコ出てきよるとはどういう了見や!

極道っち名乗るなら、筋ば通してキッチリ手ェ引かんかいコラァ!」

比律賓組の組員が飛んでくる。

中共組の暴挙に、罵声を上げる。


「あァ?……なんだよ、誰かと思えば比律賓組の間抜けじゃねぇか。

邪魔すんならとっとと帰りな、コラ。

……よく見ろよ。裁判のときは『低潮高地』だのなんだの、訳わかんねぇことほざいてたけどよ──

こうやってキッチリ叩き直しゃ、立派な『陸地』になんだよ。

つまりだ、テメェがウロついてるその場所は、ウチのシマってこった。

オイ、誰に筋通してウチのシマ歩いてんだ、あァ?失せろや、ボケが!」

裁判では『陸地』ではないとされたシマも、工事で広げてやれば『陸地』だから、この海域は正当な中共組のシマだと言う。


「そげなアホな話、誰が認めるかいコラァ!

アホンダラが、調子こいて筋通したつもりになっとるばってん──そげん筋が通るっち言うなら、何でもアリになるやろがい!

……よかばい、分かった。そっちがその気なら、ウチも引く気はなか。

出るとこに出ちゃるけん、首ば洗って待っとけコラァ!」

捨て台詞を吐いて去っていった比律賓組の組員が向かった先は、亜米利加あめりか組の組事務所だった。


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