陸拾伍 比律賓組と中共組の抗争②
ピンポーン
中共組の二次団体、海警組の事務所のチャイムが鳴る。
「誰だテメェはコラぁ!」
威勢の良い中共組の若衆の声が返ってくる。
「警察や。開けんかいコラぁ!」
門の外にずらりと群がっている警察官が怒鳴りつける。
強面の若い警察官が鉄の扉を力いっぱい殴りつける。人間離れした膂力で殴られた扉は重たい音を立てて凹む。
「はよ開けんかいコラぁ!」
扉に手をかけた警察官はガチャガチャと扉を揺する。
「ちょっと待ってくれや……。今開けるからよォ。」
警察官集団の凄まじい剣幕に動揺した組員は観念し、扉を開けることを承諾する。
「やかましい!はよ開けェ!オラァ、出て来いコラぁ!」
「サッサと開けんかいコラぁ!」
今開けると言っているのに警察官はさらにいきり立って怒号を上げる。
内側からガチャリと扉の鍵が外される。
それと同時に、乱暴に扉を蹴破った警察官が海警組の事務所になだれ込む。
「ワレェ!お前早ゥ開けんかいボケぇ!」
事務所の中から、警察官の怒号が漏れ聞こえる。
「いきなり何だよ、お前ら。状はあるのかよ。」
「やかましいわボケぇ!比律賓組の『漁師』から通報があったんじゃい!『当たり屋に遭った』ってなァ!」
そして組員と署員が言い争う声が聞こえる。
暫くすると、段ボールを抱えた警察官がゾロゾロと事務所から出て来る。
そして先日比律賓組に当たり屋をはたらいていた中共組の組員が、警察官に取り囲まれて手錠をかけられて出てきた。
*****
ここは極道達から『PCA』という隠語で呼ばれる、裁判所。
被告人席に、中共組の組員が立たされている。
組員は、被告人席に立ちながらも、どこか余裕の笑みを浮かべていた。
薄手のシャツから、荒れる南洋を呑み込まんとする昇竜の彫り物が透けて見える。
「判事さんよ、当たり屋なんて、そりゃあ言いがかりってもんでしょうよ。」
被告人席の中共組の組員が、悪びれる様子もなく飄々と言う。
「……あそこは昔っから、ウチが釣り場に使ってる海域でしてね。ウチのシマですよ。
それを何の筋で、あいつらが我が物顔でウロついてるのか──
まずはそこんとこ、きっちりハッキリさせてもらいたいんですわ。」
その言葉に参考人席の比律賓組の組員が怒鳴り声を上げる。
「異議ありばい、コラァ!なんば言いよっとか、アホンダラが!
それを言いよるならウチらかて昔っからあの海んとこば釣り場にしとるったい!
そげん勝手なことば言うなら、証拠ば出してみらんね!」
神聖な法廷にヤクザの怒声が轟き渡る。……もっともこの世界、司法までもがヤクザとズブズブであり、判事も全員裏の顔を持つ。
例えば裁判長は加納組の若中だし、判事は仏蘭組や独逸組の組員だ。
証拠を出せと言う比律賓組の要求に、被告人席の中共組の組員はニヤリと笑みを浮かべる。
「証拠だァ?ほれ、これを見ろや。なんか文句あっかコラぁ!」
中共組の組員は懐から古地図のようなものを取り出す。
「目ん玉広げてよく見やがれ、ボケぇ!こりゃあなァ、ウチの組に先祖代々伝わる古地図よ。
…どうだ、この島のところに名前が付いてるだろうが。
ウチが名前を付けてるってことは、昔っからウチのモンって事じゃねぇか。あァ?」
証言台に足を乗せ、勝ち誇ったように中共組の組員は啖呵を切る。
……そ、それだけ?
判事たちはあんぐり口を開けている。
「それがナンボのもんねコラァ!名前ば書いたら自分のモンになるっち、小学生の持ち物かなんかと勘違いしとるんかワレェ!
……何が『九段線』じゃい!勝手に地図に線ば引いて、『ここはウチの庭です』っち言いよるだけやろうが!
わしゃあ、そげんふざけた理屈は認めんばい!」
比律賓組の組員が激昂する。
「静粛に!」
裁判長の厳かな声が轟きわたる。
「被告人の主張は採用できない。
古地図の存在をもって、当該海域が中共組に歴史的に帰属するとの主張には、合理的根拠を認め難い。
そして、比律賓組の漁民が当該海域を長年にわたり漁場として利用してきた事実もまた明らかである。
よって、本件において中共組の排他的支配を認めることはできず、被告人の主張は棄却する。」
裁判長は中共組の領有権の主張を突き返す。
「待てやコラぁ!ここまで筋を通して説明してんのに、この道理が分からねぇって一体どういう了見だよこの野郎!
じゃぁこの島が、比律賓組の外道共のモンだって言うなら、キチっと耳ィ揃えて証拠出してみろや!おォ?」
被告人席で中共組の組員は激昂する。
……いや、証拠とか言っても、ンなもん誰も出せんだろ。
判事たちはポリポリと頭を掻く。
……そもそも、あそこが『領有』され始めたのは最近の話じゃねえか。




