陸拾四 比律賓組と中共組の抗争①
ドォン!
中共組の代紋を掲げた黒塗りの小型船が、比律賓組の船腹にぶつかる。
衝突というより、擦り寄りに近い角度。まるで狙っていたかのような位置取り。
「おっとォ……兄ちゃん、悪ィな。ちぃとハンドル切り損ねてなァ。
引っ掛けちまったけどよォ、まぁ大した傷じゃ無ェだろ?」
中共組の組員が窓から顔を出す。
ニヤニヤ笑いながら、詫びとも挑発ともつかぬ口調で言葉を投げる。
比律賓組の若衆は、船べりを叩いて怒鳴る。
「なんばしよっとかワレェ!ここはウチのシマじゃろうがい!
代紋掲げて突っ込んできて、擦っただけで済むと思うとるんかボケぇ!」
比律賓組の警護を受けていたカタギの漁師は、目の前で始まったヤクザ同士の怒鳴り合いに恐れをなし、船倉に引きこもる。
中共組の男は、煙草をくわえ直しながら悪びれる様子もなく言う。
「いやァ、兄ちゃんの船が急に出てきたからな。こっちも避けきれんかったんだよ。クラクション聞こえんかったか?
それより、『テメェのシマ』だァ?シャブでも打ってやがんのかよ。ここはウチの庭だろうがよ。
テメェ、誰に断ってウチの庭をウロついてやがるんだよ。
……でもまぁ、ウチも誠意は見せてやらァ──この場で『話し合い』でもどうだ?」
この『話し合い』という言葉には、『穏便に済ませよう』という顔をしながら、示談で相手に譲らせる意図が込められている。
つまり、『こっちも悪かったけど、そっちも譲ってくれや』という押しつけのキッカケだ。
事故を起こした側が『筋を通す』と言いながら、実際には『誠意を見せるから、そっちも譲れ』と示談の主導権を握ろうとしている。
これは、事故をダシにして相手の立場を崩す典型的なヤクザのやり口だ。
比律賓組の若い衆は、こめかみに青筋を立てて怒鳴り返す。
「ワレェ、最初から狙って突っ込んでとったやろがい!
擦った後に『誠意』っち、そりゃ強請りのヤカラの言い回しじゃろうが!」
──ここ南シナ海は、中共組・越南組・比律賓組・伯帯庇亜組・馬来亜組のシマに囲まれた海域だ。
ここには無数の島があり、それぞれの組が近隣の島の縄張りを主張している。
この海域にひしめく5つの組が各々縄張りを主張する形なので、ところどころでその主張する縄張りの範囲が被り、小競り合いになることはあるのだが……
中共組は、『南シナ海の島は全部ウチのシマだ』と主張している。
『九段線』という線を引き、『この線の内側は中共組のシマだかんな』と一方的に宣言しているのだが、この『九段線』、ほぼ完全に南シナ海すべてを囲む形で引かれている。
当然、他の4つの組はそんなものを認める訳もなく、中共組の言い分はハナっから無視して構えている。
しかし中共組は実力行使に出た。
50年程前、中共組は西沙島にカチ込んで越南組と抗争を引き起こし、越南組を叩き出した。
これには南シナ海沿岸の各組は仰天し、中共組への警戒を一気に高めた。
その後も中共組は、他の組の支配するシマに地上げ屋や当たり屋を送り込み、嫌がらせを続けている。
今のところチャカを持って乗り込んでくるようなカチコミにはなっていないが、連日のように中共組の二次団体、海警組の小舟に追い回され、体当たりされ、水をぶっかけられている。
カタギの漁民衆も、漁に出かけると「誰に断ってウチのシマで竿降ろしてるんだ?あァ?」と因縁を付けてくるので、警護の若衆を常に見廻りに付けておく必要がある。
……比律賓組の我慢も、限界に達していた。




