陸 五分の兄弟①
あぁ…頭が痛い…。
宇克羅組と露西亜組の抗争。
宇克羅組へのチャカ送りを止めたことで、欧州連合と亜米利加組の結束に亀裂が入っていることを、亜米利加組の丸古若頭代行は気にもんでいた。
亜米利加組が天下取っとるんはのォ──太平洋と大西洋、二つの海を押さえとるけぇなんじゃ。
その海の覇権支えとるんは、チャカでもゼニでも無ぁ──結んだ盃の力じゃけぇ。
……おやっさん、どうか分かってつかぁさい。
ハートランドを支配した『覇権国家』がリムランドのシマを一部押さえ、海へのアクセスを手にした瞬間、亜米利加組の海の覇権は終わる。
それはつまり海の覇権によって保たれている、亜米利加組の天下の終焉を意味する。
だからこそ、亜米利加組はハートランドを囲むようにリムランドの組と盃を交わし、『覇権国家』への牽制と、自らの海の覇権の強化に取り組んできた。
あとなァ、おやっさん──
ウチらがこうして西と東の海の覇権を守ることに注力できとるんはのォ、北と南の組がウチに敵対しとらんけぇなんじゃ。
あいつらぁ、カチコミかける度胸も力も無ぁ──毒にも薬にもならん組じゃけぇ。
そがぁな連中に構う暇があるなら、ウチは海、押さえる方に力入れるけぇの。
……ほんま、何しよるんじゃ──おやっさん!!
丸古の手に握られた『実話任侠アメリカン』がクシャリと音を立てる。
そこにはこう見出しが打たれている。
『鳴門組長の恫喝!加奈陀組のシマ寄越せ!盃貰いに来い!!』
ただでさえ痛い丸古の頭をさらに痛めているもの…その発端がこの記事だ。
加奈陀組は亜米利加組の親分同士の五分の兄弟盃で、緊密な同盟関係にあった組ではあったが…鳴門組長のこの一言で、今や盃が水になるかの瀬戸際だ。
襲名早々、鳴門組長は披露宴に駆け付けた加奈陀組の康天組長にこう言い放った。
「久しいのォ、康天、シノギはどがぁね?
……うん、分かるけぇ。厳しかろうのォ。
じゃけぇど、お前んとこのシマはの、亜米利加組が面倒見ちゃるけぇ、心配せんでええ。
ほんで、お前はワシの直参に取り立てちゃるけぇの。
盃直し、いつにするか、決めんといかんのォ。」
加奈陀組の組長、渡世名 康天 徹。
その背に舞う楓の葉──風に煽られ、水面に落ちて、静かに水紋を広げる。
その水紋の中心から、大熊が立ち上がる。
目は鋭く、牙は静かに閉じられ、その姿は、怒りではなく覚悟を語っていた。
楓と水と熊──それは、加奈陀の地が育んだ義と誇りの三位一体。
その見事な彫り物が、鳴門組長の言葉に一瞬、羽織越しにも分かる程度に怒りに震えたように見えた。
「なァ兄弟──今日はお前のハレの日じゃろが。
そがぁなつまらん冗談抜かして、ハレの日に泥塗るような真似、するもんじゃなかろうが。」
康天組長の声は、少し怒声を孕んでいた。しかし鳴門組長は気に掛ける様子がない。
「ほうか……まあ、今すぐ決めるこつじゃなかけぇの。
ゆっくり構え見て、考えりゃええ。」
怒りのあまり、康天組長は懐に忍ばせた匕首を抜くところだったが、何とか怒りをこらえてその日は式典を終えた。
しかしその後、鳴門組長は実話雑誌にあからさまに言いふらし始めた。
「加奈陀組はのォ、あのシマぁシメるには、ちいと貫目が足らんのんじゃ。
亜米利加組はええぞ。ミカジメも安うて、ウチがケツ持っちょるけぇ、カタギさんもよう動いとるわい。
ウチは兵隊が強いけぇのぉ。」
…今日も組事務所を訪ねてきた実話雑誌の記者に、鳴門組長はコーラを片手に大風呂敷を広げている。
これには康天組長も激怒した。
「ワレェ!鳴門の耄碌ジジイがぁ!!
ウチの親父、舐めくさっとるんじゃなかろうのォ!?
代紋汚されて、黙っとるようなウチじゃ思うとったら、大間違いじゃけぇのォ!!
ウチとやり合う覚悟でモノ言うとるんじゃったら──その口、最後まで責任取らせてもらうけぇ!
えぇッ!?ワレ、ほんまに殺られてぇんかい!!」
…今日も加奈陀組の幹部から抗議の電話を受けた。
ヤクザにとってメンツは命より重い。先方の気持ちも分かる。
丸古は平謝りに謝り倒して、なんとか先方の怒りを鎮めてもらった。
……おやっさん──アンタ、敵の居らんとこに、わざわざ敵こさえて……いったい何しよるんじゃ?