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伍拾玖 亜米利加組と委内瑞拉組の抗争④

「兄弟ィ、ちィとデカいヤマがあるけェ、手ェ貸せや。」

丸古まるこを密室に呼び出した辺久瀬へぐせは、委内瑞拉べねずえら組へのカチコミの話を切り出した。


眞土呂まどろン外道、中共ちゅうきょう組と露西亜ろしあ組と手ェ組みよったけェのォ。

ほんならワシら、米軍べいぐん組動かして、委内瑞拉組のシマにドカンとカチ込んだるんじゃ。」


丸古まるこは息を呑む。

シャブの密輸の話は聞いている。そして、委内瑞拉組が中共組や露西亜組と盃を結ぶことの意味についても、重々理解している。

しかし──


「兄弟……ワレ、素面で言うとんのかい?」

丸古まるこ辺久瀬へぐせの正気を疑った。

「あがぁシャブ一発で、向こうの筋の親分のタマ取りに行きよったらのォ、ワシら、他所様に睨まれてシノギもクソも干上がってまうんじゃけェ。」


──だからと言って委内瑞拉組へのカチコミを実行に移せば、ヤクザ社会では『外道』として他の組から睨まれる。

……今回のカチコミで使える大義名分は、『シャブの密輸からのシマの防衛』だ。

しかし、小舟でシャブを密輸することと、組事務所を潰して回って親分のタマを取って組を解体に追い込むこととでは、全然釣り合わない。

極道の喧嘩の際のカエシは、『倍返し』が基本だ。

この範疇を大きく超えるような過剰なカエシは、『外道』の所業とされ、他所の組からシノギを潰されるなどの制裁に遭いかねない。


「それがナンボのもんじゃい、兄弟!ワレもよう分かっとるじゃろがい。

──ワシらのシノギ潰せるような筋のモンが、この世界列島のどこにおるっちゅうんじゃい。」

辺久瀬へぐせは何を当たり前のことを、と言うように反論する。


──亜米利加あめりか組は世界列島の経済をシメている。

極道達のシノギに使われるユーエスダラーも結局は亜米利加組の代紋札だ。

どこの組だって、亜米利加組に制裁をかける度胸も、力も、手段も持っていない。

そんなことをすれば、逆に亜米利加組からシノギを潰され、返り討ちに遭ってしまう。

したがって、亜米利加組はどのような外道行為をやろうと、『今の時点では』他の組からの制裁によるシノギ潰しを心配する必要はない。


……ただし、これは将来への禍根を残す。

ユーエスダラーによる経済の世界の亜米利加組の天下は、他の組が亜米利加組を受け入れているから成立する。

その胴元が、いつ気まぐれにカチ込んでくるか分からないような『外道』と認識されれば、亜米利加組への信頼が揺らぎ、鰤楠ぶりくす会のように、独自の経済圏を模索する動きが広がり、長期的には亜米利加組のシノギに打撃となる。


「それにのォ…米軍組が動きやすいように睨み利かすんが、おどれの若い衆じゃろがい。

──のォ、丸古まるこォ。……ちィと国務こくむ組、動かしてくれや。」

辺久瀬へぐせ丸古まるこの肩に腕を廻し、懇願する。


──国務組。これは亜米利加組の若頭代行である丸古まるこが組長を務める、亜米利加組の二次団体だ。

辺久瀬へぐせが組長の兄貴分として実権を握る米軍組が、抗争で最前線に立つ亜米利加組の暴力の花形だとすれば、国務組は弁を立てて米軍組の暴力を正当化したり、盃の段取りを付けたり、カタギの世論を操作するなどして筋を通す、抗争の裏方だ。

今回のカチコミによる長期的な亜米利加組への悪影響を回避できるかは、国務組の工作活動にかかっている。


「ワレェ、ワシが断ったらドス突きつけてでもやらせる気ぃなんじゃろがい。

……ワレがそこまで覚悟決めとるっちゅうんならのォ、おやっさんの腹も、もう決まっとるっちゅうこっちゃのォ。

ほうじゃ、国務組、出したるけェのォ。」

丸古まるこは、不承不承国務組からの助勢を了承する。


「オイ、破和はわァ!ちょっとこっちに来んかい!」

丸古まるこの子分であり、国務組の下部団体 叡渡えいど組の組長を務める、破和はわが駆け付ける。

辺久瀬へぐせンとこの米軍組が、委内瑞拉組にカチ込んで眞土呂まどろン外道のタマぁ取って来るけェ、ちぃと地ならししてやらんかい!」


──叡渡組。これは米軍組の尖兵であり、ケツ拭き屋でもある。

米軍組は暴力の権化だ。米軍組が通り過ぎた後はぺんぺん草も生えぬほど破壊の限りを尽くされ、当然そこに住まうカタギ衆は亜米利加組への憎悪を募らせる。これはもちろん、将来の禍根となる。


そこで出て来るのが叡渡組だ。これは亜米利加組の三次団体ながら、慈善団体の皮を被っている。

米軍組がカチ込む前は、カチコミ先の暴力団組織への暴追活動家団体を『民主主義神社の御利益』の名のもとに支援し、侵攻の地ならしをする。

米軍組がカチ込んだ後は、カタギ衆に盛大に飴をばら撒いてよい暮らしをさせ、亜米利加組への反発を骨抜きにする。


そして叡渡組の武器はチャカではない。ゼニだ。

かつて亜米利加組は、巴奈馬ぱなま組にカチ込んで潰したことがある。

表向きは今回と同じく『シャブの密輸へのカエシ』だが、真の目的は、巴奈馬河の支配だった。

この川は太平洋と大西洋を繋ぐ『チョークポイント』で、亜米利加組のシノギの大動脈だ。

カチコミ前、叡渡組は民主主義神社の御利益を騙って暴追活動家団体にゼニをブチ込み、巴奈馬組追放の地下運動を支援した。

カチコミの後は、ゼニをばら撒き、炊き出しを行い、医者や薬を手配し、シノギを斡旋し、フロント企業の亜米利加建設が道路や水道を作る等、ゼニの力でカタギを懐柔した。

叡渡組はじめ、国務組の筋の組の暗躍で、巴奈馬組は今では忠実な亜米利加組の舎弟だ。


「任してつかぁさいや、おやっさん。辺久瀬へぐせの叔父貴のカチコミの段取り、キッチリ整えておきますけェ!」

破和はわ率いる叡渡組は、早速動き始める。


*****

しかし、叡渡組の裏工作は突如終焉した。


破和はわァ!ワレぇ、組のカネ使い込むたぁ、ええ度胸しとるのォ!

どこの誰にゼニ流しとったんじゃいコラぁ!」

鳴門なると組長の怒号が轟き渡る。


叡渡組の事務所の座敷にて、破和はわは正座していた。

背後には、国務組の若頭補佐が腕を組んで立っている。

……国務組の幹部を伴い、鳴門なると組長が乗り込んで来たのだ。


「……親分、ワシはただ、民主主義神社の御利益を──」

「黙らんかいボケぇ!」

鳴門なるとは、懐から一枚の皺くちゃの紙を出す。

『差別主義者!』『人権を守れ!』『孤立主義者!』『独裁者!』

……叡渡組が支援していた『市民団体』が出したビラで、そこには鳴門なるとを痛罵する文言が躍っている。

破和はわァ!おどれ、こりゃ何じゃい!組のゼニ使うて、ワシのツラぁ潰すようなマネしくさりよってからに!

ワレェ、どがぁ了見さらしとんじゃいボケぇ!」


──叡渡組は、『民主主義神社の御利益』を笠に着て工作活動を行う。

ケツを持つ義理先のカタギ衆は民主主義神社の原理主義者のような者が多く、『意識高く』なりがちだ。

しかし鳴門なると組長の任侠道は、亜米利加組の伝統的な、民主主義神社の作法に基づいた任侠道とは異なる。

両者は決定的に相容れず、亜米利加組の出したカネで民主主義原理主義者を量産し、その原理主義者が亜米利加組の親分、つまり鳴門なると組長を叩くという構造になっている。


……馬鹿みてぇな無駄金使いよってからに、そのゼニでワシにケチつけてくるたぁ、どがぁ了見さらしとんじゃい!

鳴門なるとは、ここに激怒した。


丸古まるこォ!道具持って来んかい!」

ドスとまな板を抱えた丸古まるこ代行が前に出る。

破和はわァ。おどれ、下手ぁ打ちよったのォ…。おやっさんの前で、キチっと、ケジメ付けェ。」

丸古まるこの声は冷たく、軽蔑が混じっていた。

破和はわは悟った。……自分のヤクザ生命は断たれたのだ。


破和はわは指を詰めさせられ、赤文字の絶縁状が亜米利加組の筋の親分衆に回される。

叡渡組は解散させられた。

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