伍拾陸 亜米利加組と委内瑞拉組の抗争①
後ろ手に椅子に縛り付けられた男に、盥の水がぶっかけられる。
ボロボロにヤキを入れられ、全身痣だらけの男が目を覚ます。
「ワレェ!おどりゃ何を居眠りしとんのじゃいコラぁ!」
亜米利加組の辺久瀬代行の怒声が飛ぶ。
「こんなもんも答えれん言うんはのォ、ワレ、シャブで頭ん中までイカれとるんちゃうんかコラァ!
……ええか、もう一遍聞いたるけェの。ワレェ、どこの組の者じゃい!」
密売人は、ペッと血の混じった唾を吐き出す。
……ワシも、ヤキが回ったっちゅう話ばいのォ。
観念した売人が、ボソっと言う。
「……委内瑞拉組。」
木刀を手にした辺久瀬がニヤリと笑う。
「……なんじゃコラァ?ワレ、そがぁチンケな声じゃ聞こえんのんじゃ!もう一発張られにゃ、口割れんのんかいのォ!」
辺久瀬は木刀で売人の頬をペシペシと叩く。
「委内瑞拉組ばい!おまん、聞こえとるはずやろが。
言うこつは言うたけん、もうよかろうが……はよ、楽にしてくれや……。」
覚悟の表情を決めた売人は、だらりと体の力を抜く。
「ほぉ〜、やっぱりそういうこっちゃったんかいのォ!
……おやっさん、このボケ、ようやく歌いよったですわい。
やっぱし、眞土呂の外道ンとこの使いッ走りじゃったけェのォ!」
部屋の後ろで椅子に座り、タバコを吹かしていた鳴門組長に、辺久瀬は報告する。
──シャブの密売。これは暴力団組織によって考え方が異なる。
白頭組のように、シャブの密売も資金源の一つとしてシノギを張る暴力団もあれば、星州組のように、手を出した者には命をもってケジメを取らせるという暴力団もある。
そして亜米利加組では、シャブの密売は重罪だ。命までは取られないものの、手を染めた者は当分タコ部屋送りとなり、娑婆でお天道様を拝むことはできなくなる。
辺久瀬達は、先日生け捕りにしたシャブの売人に、その出処を吐かせることに成功した。
「ほぉ〜、やっぱり委内瑞拉組の外道どもかいのォ!
ワシらのシマぁシャブ漬けにしくさりよってからにのォ、もう堪忍袋の緒が切れたけェ、許しゃせんど!」
荒々しく立ち上がると、鳴門組長は怒鳴り声をあげる。
「カチ込むでぇ、辺久瀬ェ!
眞土呂のガキぃシバき倒して、指詰めさせェ!あんボケにキチっとケジメ取らせてやらんかい!」
修羅が如き憤怒の表情を浮かべた鳴門組長の大声が轟き渡る。
「ワシゃもう覚悟は決まっとりますけェ、こン身体、懸けさせてもらいますけェのォ、おやっさん!
……よっしゃ、おどれら!道具持ってこんかいコラァ!あのシャブ漬けの外道共、タマぁ取りに行くけェ、覚悟しとけや!」
辺久瀬の号令を受けた若衆が、慌ただしく動き出し、高級車にチャカを積み込んでゆく。
それを横目に見る辺久瀬の口角が上がる。
*****
亜米利加組のシマを東西に挟む太平洋と大西洋。
この海では、亜米利加組がその天下を謳歌している。
その亜米利加組が二つの海での覇権を維持できている理由は、大きく二つ。
一つは、旭日組や英吉利組等、海の向こうの兄弟筋との盃。
広い海の端から端までを、亜米利加組だけでシメることはできない。亜米利加組の目の届かないところに睨みを利かせてくれるのが、兄弟筋の暴力団組織だ。
もう一つは、北と南に亜米利加組と敵対する、貫目の高い強力な暴力団組織が存在しないことだ。
これにより亜米利加組は若衆やゼニを南北の睨みに振り分ける必要がなく、海への睨みに全振りすることができる。
キキィ―ッ!
人気のない岬に一台の高級車が止まる。
ヘッドライトは消されており、月明かりにぼんやりとその姿が見えるだけだ。
ガチャリとドアが開き、黒服の男達が車を降りる。
「ここらでええじゃろ。チャカぁ出したらんかい。」
辺久瀬が若衆に命じる。
トランクを開けた若衆は、そこから最新鋭のチャカ、『リーパー』を取り出す。
……組員がチャカを片手に敵陣に突っ込んでいく時代は変わりつつある。
この『リーパー』は、チャカ自身が遠隔操作で飛んで行き、ターゲットを弾くタイプの、次世代型チャカだ。
「兄貴ィ、チャカの段取りはもうバッチリじゃけェ。いつでも、あの外道どもにブチ込んだるけェのォ!」
暗闇に灯るモニターの灯りに顔を照らしながら、ジョイスティックを構えた若衆が覚悟の決まった顔つきで辺久瀬に伝える。
「ええツラぁしとるのォ、ワレ。ええか、しくじったら承知せんけェのォ。あの外道共、キッチリ、タマぁ取って、男見せたれやコラァ!」
辺久瀬の号令と共に、『リーパー』は夜の闇に消えていく。




