伍拾参 沖縄島の火種④
「暴力団を、利用しな〜い!
暴力団を、恐れな〜い!
暴力団に、金を出さな〜い!」
住宅街に、シュプレヒコールが轟き渡る。
のぼりを掲げ、隊列を組む暴追活動家の集団が歩を進める。
「亜米利加組、はんた~い!
亜米利加組を、ぶったおせ~!」
その住宅街のど真ん中に、巨大な暴力団の組事務所が威風堂々と佇んでいる。
……重々しい鋼鉄の門の隣の表札には、亜米利加組の代紋が掲げられている。
そのとき、ガラガラと音を立てて重厚な鉄の扉が開く。
そこから、猛スピードで亜米利加組のフロント企業の生産する高級車、『オスプレイ』が飛び出してくる。
キキィーーッ!
『オスプレイ』が住宅街の細い路地の交差点に差し掛かったところで、けたたましいブレーキ音が轟き渡る。
「おいコラァ!どこ見とんじゃボケェ!目ぇ腐っとるんかワレェ!」
搭乗する亜米利加組の若衆の怒鳴り声が飛ぶ。
車の脇には、危なく跳ね飛ばされそうになった買い物帰りの中年女の自転車がひっくり返り、籠の中のジャガイモが道路上にぶちまけられている。
「あッ!ヤクザがあのご婦人を…!」
暴追活動家が『オスプレイ』の周りに群がる。
「人殺し!」「ンだとコラぁ!」「ヤクザは出て行け!」「極道舐めんじゃねぇ!」
活動家は亜米利加組の若衆と口論を始め、罵詈雑言が飛び交う。
──四拾七代目亜米利加組 普天間事務所。
沖縄島には、このような亜米利加組の事務所がいくつかあり、世界列島最強格の組事務所群を形成している。
そのなかでもここ、普天間事務所は、カタギの生活圏に近い。というか、カタギの生活圏のど真ん中に、ゼロ距離で組事務所が存在している。
……当然、ヤクザとカタギの間の小競り合いも多い。
「いんや~、ウチの兄弟の筋のモンが無礼働いてしもうて、えろうすんませんのォ。」
旭日組の組員達が、迷惑を被った街のカタギ衆に頭を下げて回る。
「少なァですが、タバコ銭にでも使うて下さいや。」
そして特に酷く迷惑を受けた者に、ゼニを渡していく。
「おどりゃ、極道が他所の筋の外道共にシマぁ荒らされて、恥ずかしくないんかい?おォ?」
詫びを入れに行った先のカタギの親父が、ヤクザ顔負けの啖呵を切って旭日組の組員達に食ってかかる。
「あン外道共が小屋ぁ建てよる辺りはのォ、ワシの爺さんの屋敷があったとこじゃけェ!
おどりゃ、ミカジメ取りよるんなら、キッチリ地上げして取り返して来んかい!」
旭日組の組員達は、タジタジになる。「いんや~、そりゃ分かりますがのォ」等とお茶を濁している。
──普天間事務所は、80年ほど前に亜米利加組が沖縄島にカチ込んで来た際にカタギの家を地上げして棟上げされた組事務所だ。
抗争が終わり、その後旭日組が亜米利加組と盃を交わした後も、この組事務所には引き続き亜米利加組の組員達が居座っている。
「ワレらみてぇなタマのついてねェヘタレに用はねぇんじゃ!とっとと消えんかいコラァ!」
そう言うと、カタギの親父は塩を撒いてピシャリと玄関の戸を閉めてしまった。
……オッちゃん、まァ、気持ちは分かるがのォ……。
旭日組の組員はため息をつく。
……こりゃ、どうしようもねェんじゃけェ……。
*****
80年程前。
「おやっさん、落ち着いて聞いてつかぁさい。
……沖縄島は、ワシらの手ぇじゃ抑えきれんかったですけぇ……。」
若頭の米河の報告を受けた大東亜共栄会総裁・旭日組々長の鈴本は、天を仰いだ。
奮戦虚しく散っていった名もなき若衆たちの苦悶の表情が頭をよぎる。
自然と、涙が出て来る。
米河は懐から匕首を取り出すと、鞘を払う。
左手を長机に広げ、小指に刃先を当てる。
「やめい米河ァ!」
鈴本の怒鳴り声が轟くが、それは刃先がダン!と音を立てて長机に食い込んだ後だった。
「……なんちゅうアホなことしよんじゃ!……オイ、ちぃとこのバカタレを医者んとこ連れていかんかい!」
若中に連れられて総裁執務室を後にする米河を、鈴本は不安そうに見送る。
──沖縄島を失ったのは痛い。だが、まだ大東亜共栄会の睨みは生きている。
気持ちを切り替えた鈴本総裁は、そう自分に言い聞かせた。
ユーラシア本州への睨みは、韓半島と、舎弟の筋の満州組から利かせられる。
太平洋への睨みは、当時大東亜共栄会がキッチリ押さえていた第一列島線から利かせられる。
しかし、沖縄島については他所の筋の組に睨みを利かせる拠点ではなく、第一列島線の中核である台湾島等と、日本島本島の中継地点程度にしか考えていなかった。
……大東亜共栄会は、このシマ、沖縄島の重要性を見落としていた。




