伍拾弐 沖縄島の火種③
「ワレェ!おどりゃ何さらしとんじゃボケェ!はよ散らんかい、沈めて魚の餌にしてまうどオラァアア!」
メガホンを構え、キンキンとハウリングを起こしながら旭日組の組員が怒声を上げる。
尖閣島の岩場で魚を狙っていた海鳥が、割れ鐘のような大声に驚きバサバサと飛び立っていく。
「こんゴキブリがぁッ!おどりゃ、どがぁ了見でワシらのシマにノコノコたかっとんじゃボケェ!命惜しけりゃ今すぐ散らんかいコラァ!」
憤怒の表情を浮かべた旭日組の組員を乗せた船が、中共組の代紋を掲げた釣り船に水飛沫を上げながら横づけする。
「あァ?アヤぁ付けてんじゃねぇぞテメェ!俺らァ、ちィと釣りにきただけだろうがよ。」
釣竿を抱えた中共組の組員が甲板に顔を出す。
…その釣りベストの胸ポケットは、チャカの形に膨らんでいる。
「…それにここがテメェのシマだァ?ハァ?シャブでも打ってんのかコラァ!目ぇかっぴらいてこれ見やがれや、ドアホがァ!」
そう言うと中共組の組員はポケットから無造作に権利書のようなものを出す。
なにやら地図のようなものが書かれており、尖閣島あたりに色が塗られている。
「こりゃあなァ、2012年に書かれたが先祖代々伝わる古文書だコラぁ。
ここんとこは先代が使ってた地図だぞ。見ろや、オラァ、先代がこの島のところに色塗ってんだろうが……なァ?
これ見て分かんねぇのかよ、ボケが。つまり昔っからここは、ウチのシマって事なんだよオラァ!」
勝ち誇ったように地図を掲げ、中共組の組員が言う。
「分かるかいボケぇ!…おどりゃ、舐め腐りやがってのォ、ワシゃもう堪忍袋の緒が切れたわい!
ワレェ、いてまうどコラァ!」
そう言うと旭日組の組員はチャカを抜き放つ。
カチャリと、スライドが引かれ、中共組の組員の頭に狙いをつける。
中共組の組員もチャカを手に取り、応戦の構えを見せる。
その時、旭日組の船の船倉から、落ち着いているがよく通る声が響く。
「待たんかい石垣ィ!こがぁところで勝手にドンパチぶちかましよったら、おやっさんを困らすだけじゃろうがい!
……威勢のええのは構わんけどのォ、ちィとは頭使わんかいアホンダラがァ!」
チャカを構えた旭日組の若衆、石垣の兄貴分、宮古がぬらりと出て来る。
「まったくガタガタ騒ぎよってのォ……おどりゃ、近平んとこの若いモンか?あァ?
……悪いことは言わんけぇ、今のうちに退いとけや、餓鬼ィ。」
宮古は甲板に立ち上がると、チャカを構えていきり立つ中共組の組員を一瞥して言う。
「……ここはワシらの庭の池じゃけェの、シノギ張るんなら筋通さんかいボケェ。
黙ってワシの言う通りに退くんなら、今日んとこは五体満足で帰してやるけェ……じゃけんどのォ、ここでチャカ弾きよったら、ウチの兄弟が出てくるけェの、覚悟しとけや。」
そう言うと、宮古は亜米利加組の代紋の入ったライターを見せつけ、それでタバコに火をつける。
結局その日、中共組の組員はすごすごと帰っていったように見えた。
「兄貴……ほんまにそれでええんですかい?あの外道に、ヤキの一発も入れんと帰してまうんですかァ?」
弾倉を外し、スライドをガチャリと引いて装填された弾を抜いた石垣が訝しげな顔で問う。
「…勘違いしとったらいけんど石垣ィ、チャカはのォ、撃たにゃならん時にはキッチリ撃つんがウチの流儀じゃ。
じゃけんど、あのボケ共はウチのシマで暴れた訳でも無ぁし、そがぁ度胸もクソも無ぁ。
そんなタマ無し相手にチャカ弾きよったらのォ……おどれの貫目が地べた這うことになるけぇの。」
宮古は、石垣を諭すように説明する。
「あがぁ連中、口で言うて出て行かすだけで十分なんじゃ。
外道共にもキチっと任侠の筋は通す。
……それが旭日組の極道っちゅうモンじゃケェ。」
中共組の釣り船の去っていった方角を見ながら、宮古はタバコの煙を吹かす。
……しかし翌日。
「何じゃぁこりゃぁぁああ!」
朝日を浴びる甲板に出た石垣は、驚愕の声を上げる。
なんと、目の前に数十艘の中共組の釣り船が集結し、尖閣島周辺で釣り糸を垂らしているのだ。
「ワリャぁ!性懲りも無ぁまた来よったんかい、こんバカタレがぁっ!」
石垣は怒声を上げ、チャカに手をかける。
「やめい、石垣ィ!」
宮古が制止する。
「……任侠の道じゃ…。旭日組の、極道の筋じゃけェ……おどりゃ、そがぁ大事なもん、忘れたらいけんど…。」
歯噛みしながら宮古は言う。
──旭日組は、根っからのシーパワー系暴力団だ。
ランドパワー系暴力団であれば、このような場合躊躇なくチャカを抜き、居座る中共組を叩き出すだろう。
しかし生粋のシーパワー系暴力団が重視するのは、盃の筋による秩序。
そしてその盃の筋は、任侠道を愚直に守り通すことによって兄弟筋から認められ、その真価を発揮する。
「オラァ!おどりゃ、どこで竿降ろしとるか分かっとんのかこのバカタレがぁっ!
ここはワシらのシマじゃ!とっとと竿畳んで失せんかいボケぇ!」
宮古はメガホンを構え、割れ鐘のような大音声を張り上げる。
──チャカを抜くべき時は臆することなく抜き放ち、勇敢に戦う。
しかし、それはあくまで筋の通らない暴力に訴えてくる外道と対峙するとき。
相手がそうでない時は、頭ごなしにチャカの暴力に訴えることはせず、毅然と、筋をキッチリと通して、まずは対話による解決を図る。それが古き佳き時代の任侠の道だ。
愚直に任侠道を歩むこの姿勢こそが、旭日組を一流の侠客たらしめ、その貫目により兄弟筋との盃の筋を最大限に活かし、盃の力で秩序を守る。
これが旭日組が筋の違う組と揉め事になった際の基本スタンスなのだが……。
「ンだとコラぁ!……あァ、旭日の三下か。悪ぃな、ちょっとしたら行くからよ。
……お~い、テメェら、そっちはどうだ?釣れたかぁ?」
『こちらからチャカを抜かなければセーフ』という安全ラインを学習した中共組は小一時間居座り、釣りを満喫してから尖閣島を後にした。
「いんや~、大漁大漁!…また明日も来てやっから、よろしく頼むわ!」
去り際に、挑発するように言葉を投げていく……。
──今日もまた、中共組は尖閣島に居座る。
「兄貴、この魚何すかね?」
中共組の釣り船の甲板で銀色の平べったい魚がピチピチと跳ねる。
「ん~、知らん。…そこの旭日のボケにでも聞いてやれ。」
兄貴分は興味なさそうに言う。
「そっすね。……おいコラぁ!テメェ、この魚何か教えやがれコラぁ!」
メガホンを取ると、並走する旭日組の船に啖呵を切る。
「舐めとんのんかコラァ!ワレェ、毎日毎日チョロチョロ居座りよって、どがぁ了見でそこに居るんじゃボケェ!」
旭日組の組員は怒声を張り上げる。
──毎日、毎月、毎年居座る。昨日より多い船で。昨日より長く。
「おやっさん……すんませんが、ちぃと手ェ貸してつかぁさい。
中共組の外道共が次から次へと湧いてきよって、もうワシらの手ぇじゃ押さえきれんのんですわ。
海自組の衆、動かしてもろうたら助かるんじゃが……どうか、段取りつけてもらえませんかいのォ……。」
宮古は、旭日組本家に救援を求める。
日を追うごとに、中共組の釣り船は増えてゆく。とても、宮古の所属する、旭日組下部団体の海保組の手ではとてもさばき切れない。
鷹居組長は、頭を抱える。
……うがぁぁ!そがぁなこつ言われても、他は他で手一杯なんじゃ!
仮に尖閣島に海自組の若衆を出すとすれば、一番近い沖縄島の事務所から出すことになる。
しかし沖縄島は、旭日組の海の守りの中核だ。尖閣島も重要だが、だからと言ってそこに注力しすぎて広い海の守りを疎かにすることはできない。
……このままじゃ、沖縄島の事務所も機能不全じゃけェ。
鷹居は、遠い目をして窓の外を見る。
──中共組は焦らず、しかし確実に、迅速に、既成事実を積み上げていく。
「な、頭は使うもんだろ、張股ァ!」
近平組長は張股若頭代行の肩をバシバシ叩いて言う。
「全く、仰る通りで……。恐れ入りますわ、おやっさん。」
張股は感心したように返す。
「見てろ張股ァ。今じゃなァ、あそこにウチの船がいるのが日常なんだよ。
数もちょっとずつ増やしてなァ。そのうち、あの島に上陸したところで大して騒がれなくなるぜ。」
旭日組はチャカを弾いてくることはない。あの島の周りに常駐したとしても、どんどん行動をエスカレートさせたとしても中共組が血を流すことはない。
「……あァ、忘れてたがあそこはそもそもウチのシマだったな、ガハハ!」
そして『歴史書』により、あの島に居座る大義名分もある。
一方の旭日組、ひいては亜米利加組は確実に沖縄島の軍事リソースを食い潰してゆく。
「沖縄島っちゅうのはなァ、取りに行く必要はねぇ。……こうやって、骨抜きにしてやんのよ。」




