伍拾壱 沖縄島の火種②
「馬鹿野郎!テメェ、ウチの代紋背負ってんなら甘ったれた事抜かしてんじゃねェ!」
張股若頭代行の脳天に灰皿が振り下ろされる。
ガラス片とタバコの吸い殻と張股の血が、床に飛び散る。
頭を押さえてうずくまる張股に、中共組の近平組長が罵声を浴びせる。
「忘れてんじゃねぇだろうなコラァ?
オレの目ぇ黒いうちに、徳頼の外道を台湾からキッチリ叩き出す準備、終わらせとけやコラぁ!
……このザマでどうすんだよ、てめぇ、ケジメ取れんのかコラァ!」
何度演習を繰り返しても思うような結果が出ない。
近平は焦っている。
──これまで破竹の勢いで組を大きくしてきた中共組ではあったが、最近はその勢いに陰りが見え始めた。
それに対し年々厳しくなる中共組への締め付け。包囲網を形成するかの如く盃を結び、チャカの在庫を積み増す近隣の筋の異なる暴力団組織。
……この時期を逃すと台湾島奪取は徐々に難しくなっていくのではないか。
それはつまり、第一列島線により大洋への道を閉ざされ、永久に海の恐怖に苛まれながら陸に囚われ、亜米利加組の作り上げた秩序の中飼いならされることを意味する。
……させてたまるか。近平は眉間に力を入れる。
頭を押さえて、朦朧とした意識の中、張股が口を開く。
「みっともねぇサマぁ晒して申し訳ねぇです、おやっさん。
……沖縄島。あそこさえ潰してやれば、邪魔も入らねぇ。まずはあそこにカチ込んで亜米利加組と旭日組を……。」
これまでの演習では、高砂組に亜米利加組と旭日組が助太刀に入り、三対一になったところで中共組は負けている。
それなら、まずは亜米利加組と旭日組を叩き、それからゆっくりと高砂組をシバき上げれば良いのではないか…。
張股が組長を務める中共組の二次団体、八一組。
これはこの世界列島でも3本の指に入る武闘派暴力団組織だ。
演習でも、向こうを壊滅寸前までは追い込めている。高砂組がいない、二対一なら…。
そう思った刹那、近平に横っ面を蹴り飛ばされる。
「馬鹿野郎!あいつらを甘く見るんじゃねぇ!そんな真似したら……ウチの組が潰れるわコラァ!」
──沖縄島へのカチコミ……これはハッキリ言って、台湾島へのカチコミよりも難易度が高い。
海の上では滅法強い旭日組の本拠地目指して海の上を進むだけでも相当な出血を覚悟しなければならないし、カチ込む先は世界列島最強の亜米利加組の、最大の組事務所だ。
詰めている若衆や置いてあるチャカの数も格も違う。
自らの致命傷と引き換えに、沖縄島の亜米利加組事務所には相当な痛手を負わせることはできるだろうが、相手はあの亜米利加組最大の在外組事務所。上陸など夢のまた夢だ。
そして両方の組に、カエシを入れる大義名分を献上することになり、中共組とは全面抗争となる。
即座に横須賀事務所や羽合事務所から亜米利加組の若衆がすっ飛んでくるし、旭日組だって死ぬ気で中共組を殺しに来る。
…太平洋への行く手を阻む蓋である第一列島線は亜米利加組の支配下にあり、戦時はこれが中共組のシマへの鉄砲玉の投射機にもなる。
第一列島線を押さえられた状況で亜米利加組と全面抗争に入ることは、自殺行為だ。
とどめに中共組は亜米利加組の兄弟筋からシノギを徹底的に潰され、経済を壊滅させられることになる。
いくら沖縄島がある限り台湾島に手が出せないとはいえ、そこに直接手を出すことは中共組の死を意味する。
「頭使えよ馬鹿野郎!やりようはいくらでもあるじゃねぇか!」
近平の煙草に部屋住みが火をつける。
一呼吸置いて煙をフッと噴き出すと、近平はニヤリと笑ってみせた。
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──潮の匂いが混じる風が、静かに海面を撫でていた。
その海の向こう、無人の岩礁──尖閣島。
そこに、穏やかではない怒鳴り声が轟き渡っていた。




