四拾玖 北方領土を巡る抗争③
「それがどがぁしたんじゃコラァ、この糞外道がァッ!
百歩譲って『千島』はおどりゃらにくれてやったとしてもなァ──『北方領土』は『千島』にゃ入っとらんじゃろうがい!
おどりゃ地図も読めんのんかい、ボケェ!あァ!?」
再び旭日組のシマの中の『露西亜大使館』に戻る。
旭日組の組長の鷹居は、なおもら露西亜組の組員に凄まじい剣幕で食ってかかる。
その後ろでは米軍組の古都組長が鷹居を落ち着かせようとオロオロしている。
──『北方領土』は『千島』には含まれない……これは、150年程前の『樺太・千島交換盃』を根拠に旭日組が主張している。
北方領土は、それ以前から大東亜共栄会がシノギを張っていたが、『千島』は当時、蘇連組の前身の、帝政露西亜組のシマだった。
そして『樺太』と呼ばれる島は、大東亜共栄会と帝政露西亜組の極道達が群雄割拠して各々シマを主張する、収拾がつかない抗争地帯だった。
大東亜共栄会と帝政露西亜組は盃を結び、『樺太』から手を退く代わりに、『千島』は大東亜共栄会のシマとなった。
大東亜抗争終結後、旭日組は、この時露西亜組から得た『千島』は明け渡すが、『北方領土』はそもそも昔から旭日組のシマであり、『千島』には含まれないと主張している。
しかし『遣田盃』ではこの『千島』の範囲が定義されていなかったのだ。
遠く離れた極東の、しかも自分のシマどころか自分の敵のシマの事なのだ。亜米利加組も英吉利組も、蘇連組が力をつけすぎないかという点だけは気にしていたが、この『千島』の範囲などは心の底からどうでもよかった。
「それになァ、そがぁな物言いが──あそこでチャカ弾いて遊んどる言い訳になるんかいボケェ!
ええか、おどりゃ、よう聞けや。あそこでチャカ弾くっちゅうんはのォ、ウチの代紋めがけてブッ放しとるのと一緒なんじゃけェ!
……なあ、兄貴。アンタもなんか言うたってつかぁさいや!」
急に話を振られた古都は「おぉあ?」と変な声を出す。
──蘇連組は、「あァ?『北方領土』も『千島』の一部だよなァ?」と言い、北方領土に居座ったのだが…これには、旭日組はもちろん、亜米利加組にも大いに困った。
ここが蘇連組の手に落ちたことで、蘇連組は太平洋へのフリーアクセスを手に入れたのだが、このとき失ったのが仮に『千島』だけだった場合、まだダメージは小さかった。
『千島』は島と島の間隔が狭い上に潮の流れが複雑で、水深も浅い。大きな船は通りづらく、また極道から『潜水艦』という隠語で呼ばれる、海の中に潜って推進するタイプの極道船は特に通りづらい。
しかし『北方領土』は間隔が広く、水深も深い。
ここを押さえることで、『裏塩町』は露西亜組の太平洋進出の拠点として完成するのだ。
逆にここを旭日組や亜米利加組が押さえていれば、露西亜組の太平洋進出はある程度制限できた。
「まぁ、そりゃそうじゃがのォ……鷹居、おどれ、ちぃと落ち着かんかい。
こがぁ、他所様の玄関先でギャンギャン騒ぎよったら、おどれの貫目が下がってしまいよるけェ。
……その話はまた後で、ワシがよう聞いちゃるけぇのォ。」
古都の歯切れは悪い。
──『北方領土』を露西亜組に押さえられていることは、亜米利加組にとっても頭が痛い。
しかし、亜米利加組には手が出せない。
オホーツク海は、アトミックチャカを仕込んだ露西亜組の『潜水艦』の拠点だ。
北方領土を奪われることは、そこに亜米利加組の組事務が建ち、『潜水艦』の動向を丸裸にされ、行動を制限されるということだ。
露西亜組にとってはアトミックチャカを奪われることと等しく、またそのアトミックチャカを奪う試みに対しては、アトミックチャカを以て抵抗してくる。
そう、北方領土を取り返すための抗争は、アトミックチャカの撃ち合いを覚悟する必要があり、亜米利加組にとってはとても割に合わない。
結局、古都は鷹居をなだめすかして帰らせた。
露西亜組の組員は「ケジメとらせろ」と喚いていたが、それを認めては『北方領土』についての露西亜組の言い分を認めたことになる。
「…ありゃ、壺が割れちょるのォ。鷹居もそそっかしいけェ、杖がぶつかってしもうたか。あとで若い衆に代わりのを持って来させるけェ、ハハハ…。」などと訳の分からないことを言ってお茶を濁し、とりあえずこの場を治めた。
……この件については、亜米利加組はどっちつかずの対応しかできない。
*****
ここは日本島の北の島、蝦夷島のはずれ。
パァン……
朝焼けの空に銃声が響く。
バサバサという羽音と共に、鳥の群れが立木から飛び立つ。
「ボケェッ!おどりゃ、外しよったんかいのォ!何しとんじゃコラァ、目ぇ腐っとるんかいワレェ!」
ギャーッ、勘弁してつかぁさい兄貴!という絶叫が響く。
木刀を振りかざした米軍組の組員にボコボコにヤキを入れられているのは、旭日組の組員だ。
「おどりゃ、このド下手糞がよォ。…ええかコラァ、チャカっちゅうモンはのォ──こうやってブチかますんじゃけェ!」
米軍組の組員がチャカを取り上げ、発砲する。
パァン!という発砲音と同時に、30mほど先にある、露西亜組・裏島組長の顔写真の、眉間のあたりに穴が開く。
……北方領土にほど近い広場で、旭日組の組員と亜米利加組の組員がチャカの練習をしている。
「オラァ!ウチのシマの目と鼻の先でチャカで遊んでんじゃねぇぞコラァ!
露西亜組、舐めてんのかテメェ!ボケがァ!」
旭日組の事務所に露西亜組の組員が木刀を持ってカチ込んで来る。
「あァ?あそこが誰のシマじゃ言うとんじゃコラァ!寝言ほざいとるんじゃねぇぞボケェ!
ウチのシマの中でチャカ弾いとるんの、どこがいかんのんじゃい!
ウチの組ゴトにアヤぁ付けるたぁ──おどりゃ何様のつもりなんじゃバカタレがァ!」
旭日組の組員も負けじと言い返す。
──大洋への足掛かりであり、アトミックチャカ戦略の中核である北方領土。これを露西亜組がスンナリ返還することはあり得ない。
かたや旭日組にとってはここは喉元に突き付けられたドスであるのと同時に、先祖代々のシマであり、奪還は悲願だ。
そして亜米利加組にとっては海の覇権を脅かす、太平洋の蓋に空いた穴。できることなら露西亜組を追い払いたいが、アトミックチャカがある限り手出しができない。
今日もこのシマでは、三者の思惑が入り乱れた睨み合いが続く。




