四拾漆 北方領土を巡る抗争①
パァン……
朝焼けの空に銃声が響く。
バサバサという羽音と共に、鳥の群れが立木から飛び立つ。
「馬鹿野郎!テメェ、外してんじゃねぇボケがァ!」
ギャーッ、スンマセン兄貴!という絶叫が響く。
木刀を振りかざした兄貴分にボコボコにヤキを入れられているのは、露西亜組の組員だ。
「ったく、このド下手糞がよォ。…いいかコラ、チャカっつうのはなァ──こうやってブッ放すんだよ!」
兄貴分がチャカを取り上げ、発砲する。
パァン!という発砲音と同時に、30mほど先にある、亜米利加組・鳴門組長の顔写真の、眉間のあたりに穴が開く。
「なァ、鳴門の野郎、ちぃと男前になったじゃねぇかコラ。
……いいかテメェ、チャカはガチガチに握んじゃねぇ。力抜いて柔らかく持て。
前と後ろのサイトの高さ、ピタッと揃えてからブッ放すんだよ。」
そして手取り足取りチャカの扱いを説明する。
「……よし、じゃあテメェやってみろや。 次ヘマこいたら、指ィ落とさすからなコラ。」
兄貴分に脅された露西亜組の組員は、ビクビクしながらチャカを構えて引き金を引く。
パァン……
今度は鳴門組長の写真の鼻の孔の部分に命中した。
露西亜組の兄貴分の組員は噴き出す。
「ガハハハッ!テメェ、やりゃあできんじゃねぇかコラ!
……こんだけ立派な鼻ッ柱にしてやりゃあ、鳴門のバカ野郎も笑って昇天だろうよ!」
煙の立ち昇るチャカを構える組員の肩をバシバシ叩きながら、命中させたことを褒める。
兄貴分に褒められた露西亜組の組員は、ヤキを入れられて一本欠けた歯をニカッとさらして微笑んでいた。
──ここは『北方領土』と呼ばれる小さな島。
80年程前の大東亜共栄会と亜米利加組の抗争、『大東亜抗争』の手打ちの『後』、どさくさに紛れて蘇連組が地上げして掠め取っていったシマで、蘇連組が解散したその後も露西亜組が居座っている。
露西亜組は、ここに組事務所を整備し、連日チャカを弾く練習に明け暮れていた。
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「コラぁッ!おどりゃ、今日という今日は許さんでワレェ!
詫びの一つも入れんと、ウチのシマに居座るたぁ、ええ度胸しとるのォ!
ドタマぁカチ割ったるけぇ、そこに黙って座らんかいボケェ!」
額に青筋を立てて怒鳴り散らしているのは、旭日組の組長、鷹居だ。
ここは極道達の間で『露西亜大使館』という隠語で囁かれる、旭日組のシマの中にある露西亜組の事務所だ。
ドアの外では護衛に立っていたはずの露西亜組の組員が仰向けに倒れてのびている。
「ワレェッ!おどりゃ、毎日毎日よう飽きもせんと人様のシマでチャカぁバコスコ弾きよって、どがぁな了見しとるんじゃコラァ!
……おどれ、ウチとタマの取り合いでもやりてぇんかい!ブチ殺すけぇ覚悟しとけやボケェ!」
物凄い剣幕で吠えると鷹居は木刀を構え、玄関に置いてあった壺目掛けて振り下ろす。
『北方領土』に居座り、旭日組を挑発するかのようにチャカを弾く露西亜組への怒りを込めた一撃に、壺は木っ端みじんに叩き割られ、破片が飛び散る。
鷹居の怒声と壺の割れるけたたましい音に、露西亜組の組員が飛んでくる。
「なんだコラァ!テメェ、挨拶もナシにいきなり飛び込んできてキャンキャン吠えやがって!
……誰かと思えば旭日のボケか!こりゃ一体何の真似だオラァ!」
相手は旭日組の組長で、ここは旭日組のシマの中ではあるが、ここまでやられて黙っていては露西亜組の沽券にかかわる。
鷹居の額にピッタリと額をくっつけて、露西亜組の組員が怒声を飛ばす。
「大体、『テメェのシマ』だァ?どこ指して言ってんだコラァ!
テメェらが『北方領土』とかほざいてるそのシマはなァ──テメェが喧嘩負けてケツ捲って放り投げたシマじゃねぇかオラァ!
喧嘩で負けた奴がよォ、ガタガタ抜かしてんじゃねぇ!
テメェも極道張ってんならよォ、そこんとこの筋──キッチリ通してからモノ言えやバカ野郎!」
……遅かったか…やってしまいよった。
息を切らして駆け付けた旭日組の兄弟筋、米軍組の古都組長が玄関の入り口で頭を抱える。
『大ごとじゃい叔父貴!おやっさんが…露西亜組の外道ンとこにカチ込んじゃる言うて出て行ったんじゃけェ!おやっさんがマチガイ起こさんよう、止めてつかぁさい、叔父貴ィ!』
旭日組の若中から急報を受けて駆け付けたのだが、一歩遅かった。
──このような、『北方領土』を巡るいざこざは今に始まったことではない。
旭日組にとっては、このシマは大東亜抗争の手打ちの盃の後にカチ込まれて取られたシマだ。
到底納得できるものではなく、『手打ちの盃っちゅうモンをなんじゃ思うとるんじゃコラァ、この外道が!筋通さんかい!荷物まとめてシマぁ出ていかんかいワレェ!』と言い続けているのだが、露西亜組もまた『あァ?テメェは喧嘩負けたんだよコラァ!極道として渡世張ってんならよォ、筋通して黙って受け入れろやバカ野郎!』と言い続けている。
…この平行線の掛け合いが、80年も続いているのだ。
(それになァ…あそこはただのシマじゃねェ。あそこがねぇと、ウチは…)
そして露西亜組の組員には、一歩も退くわけにはいかない理由があった。




