四拾伍 鰤楠会の盃③
「…ちょっとお兄さん達ィ?悪いけど、今日はこの店、ウチらで貸し切ってんだよねェ。」
高級車がずらりと並び、鰤楠会参加各組の護衛が立ち並ぶ『五龍閣』に入ろうとする命知らずとしか思えない5人組を取り囲み、露西亜組の組員がドスを利かせた声で入店を止める。
「オウ?なんじゃワレ、どの面下げてモノ言うとんのんじゃァ!
ワシらがどこで忘年会やろうが、おどれらみてぇな三下が口出す筋合いは一切あらへんのんじゃ!」
『五龍閣』に入ろうとしていた5人組のうち、一番若そうな男が啖呵を切る。
露西亜組の組員と顔がくっつきそうな距離に顔を近づけ、唾を飛ばしながら怒鳴りつけている。
「オイコラァ……テメェ今なんつった?ワシら本職ナメてんのかオラァ!
極道舐めるっちゅうのがどういうことか、テメェの身体でキッチリ覚えさせたろうかコラぁ!」
中共組の組員が激昂し、5人組に詰め寄る。
…その刹那、この5人組の一番若い男の姿がぬらりと揺れる。
一瞬遅れて、鳩尾に猛烈な一撃を受けた中共組の組員が気を失ってその場に崩れ落ちる。
それを合図に、残りの4人が一斉に鰤楠会の護衛組員に躍りかかる。
ドスを抜き払う間もなく顎に鉄拳を喰らい吹き飛ばされて痙攣している露西亜組の組員。
玄関先の盆栽の鉢で頭をカチ割られる印度組の組員。
構えようとしたチャカを蹴り飛ばされ、二の撃でこめかみを蹴り飛ばされて下水溝に叩きこまれる伯剌西爾組の組員。
投げ技を喰らい、親分衆の車のフロントウインドウをブチ破ってボンネットの上で伸びている南阿組の組員。
「オウ……まったく口ほどにもなぁのォ、ワレらァ。
極道が何じゃと?笑わせよるわい。こっちも筋通しとる極道じゃけぇ、ナメさらしたら承知せんでェ、バカタレがァッ!」
…そう言った男のネクタイピンには、亜米利加組の代紋が光を反射していた。
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「只今頂戴したこの盃、胸ん奥にしっかり刻ませてもらいますけぇ。
ウチら伯剌西爾組いうもんは、陽の国のシマを預かっとる身じゃけぇの。
兄弟衆が嵐に巻き込まれるようなことがあったらの、背中は預ける覚悟はできとるけぇ。
──今日より、鰤楠会の一角として、五龍の力を支えること、ここに誓わせてもらいますけぇの。」
三十九代目 伯剌西爾組々長 留浦が口上を述べる。
うやうやしく一礼し、盃を手に取ると、中身を一気に口に流し込む。
……はぁてお客様方。ワシらのブツぎょうさん買いさらせや。あと鰤楠銀行からゼニ引っ張らせてもらうけェ、よろしゅう頼むでぇ!
伯剌西爾組のシノギは、農業や鉱業がメインだ。
中共組は既に大口顧客だが、鰤楠会の盃を結べば印度組等への販路が開ける。
また、鰤楠会が立ち上げたフロント企業の、鰤楠銀行からカネを引き出せることも見逃せないポイントだ。
留浦は上機嫌で盃を半紙に包んで懐にしまっているが…裏島組長は複雑な目で見ている。
……留浦、テメェ、あんまし派手に動くんじゃねぇぞ…。
テメェが渡ってるのは、とんでもなく危ねぇ橋だ。
そして裏島は、隣でニタニタと微笑んでいる近平組長に目をやる。
……テメェもだ、近平。
亜米利加組は、西の大西洋と、東の太平洋の二つの海をシメている。
そしてこれが亜米利加組の力の源泉だ。
このような芸当が出来ているのは、亜米利加組の北が加奈陀組、そして南は伯剌西爾組などの弱小組織と、亜米利加組と敵対しておらず、力も弱く毒にも薬にもならない暴力団組織であり、北と南の陸の脅威に備える必要がないからだ。
もし伯剌西爾組が完全に鰤楠会にのめり込み、そして鰤楠会が中共組の色に染まれば、亜米利加組は南で、中共組のチャカで武装した、敵対する組織と向き合うことになる。
──過去、このような組が出てきた際は、亜米利加組は確実に介入し、潰してきた。
……留浦、まさかテメェ、これに気づいてねぇのか…?
終始上機嫌な留浦組長に、裏島組長は少し心配になってきた。
*****
「あぁ~お客様ァ!お願いですからお引きくださいィ~!」
玄関先で女中が泣きべそをかきながら亜米利加組の組員を引き留めている。
「オウ、悪りィのォ姐ちゃん!
今どこの店も閉まっとって、行き場がねぇんじゃわい。
ゼニはようけ弾むけぇ、ちぃと通してくれやァ!」
極道に凄まれ、女中も恐怖で足が立たない。へなへなとその場にへたり込む。
亜米利加組の組員はユーエスダラーの札束を叩きつけ、ズカズカと入っていく。
最後の男はガラガラと大荷物を引っ張って廊下を進む。
亜米利加組の組員達は、鰤楠会の盃事が行われている座敷の隣の部屋に陣取り、大荷物を開梱する。
……巨大なスピーカーと、カラオケセットが姿を現す。




