四拾 露西亜組と中共組の闇取引②
「馬鹿野郎!テメェは算数も出来ねぇのかコラぁッ!」
ここは露西亜組本家。裏島組長の怒号が飛ぶ。
「あァ…いやあの、おやっさん…そのォ…。」
先ほど中共組とブツの闇取引を終えた露西亜組の交渉役が、裏島組長の前に正座させられている。
相場より格段に安い値段で油を買い叩かれ、そして相場より格段に高い値段で禁制品のブツを掴まされたことに、裏島組長は烈火のごとく怒り狂っている。
周りの組員は、泣きそうな顔でモゴモゴと言っている交渉役を憐れむような目で見ている。
…あんな掛け合い、誰がやっても無理だわ…。
皆、口には出さないがそう思っており、次の取引の際自分が交渉役を命じられないかヒヤヒヤとしている。
「この野郎、さっきからグチャグチャ言い訳ばかり抜かしやがって!ブッ屠すぞテメェは!
…おい、このクズにヤキ入れろ!」
床に這いつくばって詫び続ける交渉役は、この世の終わりのような絶望の表情を浮かべる。
そしてこの交渉役の兄貴分が、本当に申し訳なさそうな顔で木刀を構えてノソノソと前に出る。
…誰がやっても足元を見られるこの交渉。理不尽この上ないが、親分の命令は絶対だ。
兄貴筋は木刀を振り上げると、勢いよく振り下ろした。
ギャーッ!兄貴、スンマセンでした!という交渉役の絶叫が部屋に響く。
ボコボコにヤキを入れられる交渉役を片目に、裏島組長は逡巡する。
……このままじゃ、儲かんねえだけじゃ済まねぇ。中共組に、シマぁ取られちまう。
*****
20年程前のことだ。
露西亜組と独逸組の幹部は、潮騒の料亭『把瑠都庵』の奥座敷に集結していた。
露西亜組の裏島組長は、七代目独逸組 守礼田組長に盃を差し出す。
「…只今取り交わすこの盃は、まごうことなき友誼の盃に御座います。
これより先、過去の遺恨は一切水に流し、互いの義理と仁義をもって結び直す証といたします。
我ら任侠の道を歩む者同士、未来永劫にわたり共存共栄を固く誓い、この盃をもって縁を結ばせていただきます。」
裏島組長が口上を述べる。
守礼田組長は一礼すると、盃を受け取る。
「…謹んでこの盃を頂戴仕る。
この盃こそ、我ら兄弟の契りを結ぶ証に御座います。
今より先、何人たりともこの盃に口を挟む筋は無く、義理と仁義をもって、末永く兄弟の縁を固く結ばせていただきます。」
そして口上を述べると、盃に口を付ける。
──かくして、『ノルドストリーム盃』は結ばれた。
これは、露西亜組のシマと独逸組のシマをパイプで繋ぎ、ガスを直接欧州連合に送り込むという大事業を組ゴトとして始めるという盃だ。
これにより、露西亜組は欧州連合の代紋札、『ユーロ』を、独逸組は格安で『ガス』を得る。
裏島組長は内心ほくそ笑む。
(これで独逸組はウチの舎弟みてェなモンよ。
安いウチのガス。これはシャブみてぇなモンだ。始めちまったら、止められねぇ。
ウチがガス止めるとか、値段上げるとかカマシ入れてやるだけであのバカはウチの言いなりよ。
……チャカ持ってカチ込んで来るなんて以ての外よ。これで枕高くして寝られるぜ。)
守礼田組長もまた、内心ほくそ笑む。
(ウチのシノギはなぁ、ガスをアホほど使っとるでよ。
ガスが安ゅうなりゃ、ウチのシノギもグルグルよう回るっちゅうもんだがや。
ほんでな、このガスを他所の組に横流ししてやりゃあ、こんなボロいシノギは他にゃあせんわ。
それになぁ、ウチは露西亜組のアホ共にとっちゃ、立派な『お客さん』だでよ。
……チャカ持ってカチ込んでくるなんざ、以ての外やろが。これでワシゃあ、枕高ゅうしてグッスリ寝られるっちゅうもんだがや。)
「アホか守礼田!おどれ、露西亜組に首根っこガッチリ掴まれとるんが見えんのかコラァ!」
亜米利加組からは物言いがつく。
「あんなことやられたらよぉ、ウチの通行料のシノギがパァになってまうがや。
なんかあった時にゃあ、ウチのシマ通っとるガス管止めたるぞってカマシも、もう効かんようになってまうでよ…。」
把瑠都会や波蘭組からは恨み節が聞こえる。
しかし、裏島と守礼田の耳には入らない。
ノルドストリームは開通し、ガスの輸送が始まった。
ノルドストリーム開通により、露西亜組は欧州連合という大口顧客を得て、莫大な利益を上げた。
ここで稼いだ欧州連合の代紋札、『ユーロ』は、露西亜組の『外貨準備』として積みあがってゆく。
『外貨準備』というのは極道達の隠語で、組を跨いだ仕入れの支払いに使う、他所の組の代紋札の裏金を指す。
露西亜組の代紋札、『ルーブル』は他所の組からの仕入れには使えない。
ただし貫目の高い組の代紋札──亜米利加組のユーエスダラーや、このノルドストリームで荒稼ぎしているユーロもそうだ──は、大抵の組が受け取ってくれる。
なので、露西亜組はガスを売ってユーロを稼ぎ、それを他の組からの仕入れのために裏金としてプールしておくのだ。




