四 露西亜組と宇克羅組の抗争①
亜米利加組の丸古若頭代行は頭を抱えている。
──おやっさん、いかんですけぇ!どうか、こらえてつかぁさいっ!
お願いじゃけぇ!どうか、今だけは引いてつかぁさい!
一方の宇克羅組の〆張若頭も丸古と向き合い、こめかみを押さえている。
──何やってんすかおやっさん!気持ちは分かりますが、一旦落ち着きましょ!
「ワレェ!宇呂富ィ!
おどれ、ワシのことおちょくっとるんじゃなぁ、えぇ!?
おどれも梅傳のアホも──貫目も足らんクセして、裏島の親父に盾突いてドンパチ始めよったんは、おどれらの方じゃろうがいッ!
そがぁな筋の通さん真似しよって、何様のつもりなんじゃコラァ!
指詰めて露西亜組に筋通さんかい、ボケェッ!!」
額に青筋を浮かべた鳴門組長が宇呂富組長に雷鳴のような怒鳴り声を飛ばす。
「コラァ!宇呂富ィ!
テメェ、紋付袴も持っとらんのんかい!?あぁ!?
ウチの親分を舐めくさっとるんじゃなぁ、コラァッ!!
その身なりでこの席に上がるとはのぉ──覚悟ぁできとるんじゃろうがいッ!」
萬洲若頭も鳴門組長に同調して宇呂富組長を怒鳴りつける。
「露西亜組の言いなりになれってか?ウチのシノギを亜米利加組に差し出せ?
しかも兵隊は貸さねぇってんだろ?
舐めてんのはどっちだコラァ!ブチ殺すぞ、テメェ!!」
宇呂富組長も負けじと鳴門組長と萬洲若頭を怒鳴りつける。
同席していた実話雑誌の記者は、この組長達の怒鳴り合いに戦慄し、ガタガタと部屋の隅で抱き合って震えている。
「貫目も足らん青二才が──ワシに盾突いてきよってからに……。
どがぁいうつもりなんじゃ、ワレェ!?
失せんかい、バカタレがッ!!」
鳴門組長の怒鳴り声が響く。
亜米利加組と宇克羅組のナシ付けは、物別れに終わった。
*****
「すまねえ、〆張…ついカッとなっちまった。」
宇克羅組本家事務所に戻った宇呂富組長は、タバコで気分を落ち着かせつつも、周りから見て分かるほどに肩を落としている。
『実話任侠アメリカン』を片手に、〆張若頭が答える。
「いや、おやっさん、オレはあなたに惚れました。一生ついていきます。
…しかし酷い書かれようです。コイツらカチコミ入れてやろうか…」
〆張若頭の手に握られた雑誌には、『鳴門組長の咆哮!指詰めて出直してこい!』と見出しが躍っている。
「ッだと?『あの野郎はじきに泣きべそかいて詫び入れに来る』だと?…誰が行くか馬鹿野郎め。」
言葉とは裏腹に、〆張若頭の声にはハリがない。
…本当に、酷いかけ合いだった。
宇呂富組長は今日のナシ付けを振り返る。
鳴門組長はそもそも今回の掛け合いには消極的だった。
亜米利加組は従来、露西亜組が『覇権国家』に変貌することの無いよう、距離を保ちつつ、盃を交わしている兄弟筋の組が露西亜組に接近しすぎないよう立ち回ってきた。
しかし鳴門組長は襲名早々に裏島組長に接近。
幾度となく電話で話していた。
「ンなもん、宇呂富が裏島の親父の顔立てときゃ、すぐに手打ちになっとる話じゃけぇ。
ウチの組に、いったいなんぼゼニ使わせる気とや……?」
こう言い放つ鳴門組長に、共和組の重鎮や欧州連合の組長達が何とか説得して面会に漕ぎつけた。
「宇克羅組、シノギを半分渡すって言うてますぜ。」
その言葉に、鳴門組長もようやく重い腰を上げた。
「ガハハハッ!ウチも散々チャカ送りよったけぇのォ──今さら驚くような話じゃなかろうが。
宇呂富も、やっと誠意っちゅうもん見せる気になったんかいの?」
しかし、掛け合いはこじれた。
宇呂富組長は宇克羅組のシノギを一部亜米利加組に渡す代わりに、盃を交わし、これまで通りチャカを送り、兵隊を貸すことを期待していた。
それに対し鳴門組長はシノギを貰えればチャカはやる。ただし盃は無し、兵隊は欧州連合の兄弟に泣きつけと言う。
そして露西亜組との手打ちについても、「裏島の親父に会わせちゃっても、別に構わんのんじゃ。
じゃけぇど──ちゃんとエンコ詰めて、これまでの不義理の詫び入れてもらわんと、話にならんけぇの。」とのことだった。
…こんな条件は飲めるわけがなかった。
──その時、組長室の電話が鳴る。
「はい、宇克羅組本家!」
1コールが鳴り終わる前に、若衆が電話を取る。
「……おやっさん、英吉利組の須田間組長です。」