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参拾玖 露西亜組と中共組の闇取引①

──ここは人気のない夜の港の裏手。

ヘッドライトを消し、車幅灯のみを点灯した高級車が2台、時間を合わせたかのように同時にブレーキをかけて止まる。


ガチャリとドアが開き、黒服の男たちが車から三人ずつ降りる。

それぞれ、チャカを構えた男が二人、後ろに控え、交渉役のみが前に進んで対峙する。

夜だというのに、二人共サングラスをかけておりその視線は伺えない──いや、視線で心の内を悟られないようにしている。


「…労働者よ。」

片方の男が低い声を発する。

チャカを持つ男が引き金に指をかけ、力を籠める。

場の空気が乾燥し、ピリピリとした緊張感に包まれる。


「…団結せよ。」

もう片方の男が合言葉を答える。

双方の男たちがチャカを下ろし、安全装置をかける。

カチャリという音が他に誰もいない港にこだまする。

だがいつでも発射できるよう、弾倉は装着されたままで、安全装置には親指がかけられている。


「ブツはどこだ。」

中共(ちゅうきょう)組の組員が問う。

ブツのブローカーを装ってはいるが、この男は中共組の組員だ。


「…ブツはあの船に積んである。

だがな──ゼニが先だ。

カネ置いてからじゃねぇと、一歩も動かねぇぞ。」

露西亜(ろしあ)組の組員が注意深く答える。

こちらもブローカーを装った、露西亜組の組員だ。


「…フン……テメェらの油はよ、カサ増しもカットもねぇピュアな上モンだろ。

だからいちいち中身確認なんざ要らねぇんだよ。

ブツはそのまま受け取ってやらぁ。」

中共組の交渉役がツカツカと前に進み、ジュラルミンケースを開ける。

「…7億ユアン、ここにブチ込んであるぜ。

数えてみっか?それともオレを信じるか?」


──通常、組同士のブツの取引には亜米利加(あめりか)組の代紋札、ユーエスダラーが使われる。

ユーエスダラーの決済には、亜米利加組のフロント企業、亜米利加銀行を経由する。

しかし、宇克羅(うくらいな)組との抗争が始まって以来、亜米利加銀行は露西亜組の口座を凍結。

露西亜組は対外決済の手段を奪われた。


たちどころに経済の息の根が止まり、シノギに行き詰るかと思われた露西亜組。

しかし中共組は、自らの代紋札、チャイニーズユアンを使った決済を露西亜組とその兄弟筋の組にも認める。

これにより露西亜組は、亜米利加組のシノギ潰しを掻い潜る形で兄弟筋や友好組織とのシノギを継続することができるようになった。

……そして中共組は、自らの代紋札、チャイニーズユアンを通じで亜米利加組のユーエスダラー覇権を切り崩し、裏社会の通貨の世界でも覇権を広げつつあった。

そしてこれは、亜米利加組がユーエスダラーを、敵の組のシノギを締め上げる武器として使えない世界が広がりつつあることも意味する。


露西亜組の交渉役はサングラス越しからも分かる程度に渋い顔をする。

「…オイ、ふざけてんのかテメェ。

これじゃ昔の相場の八掛けにも届いてねぇだろ、ナメてんのかよ。

ウチの油がなきゃテメェんとこの回しも止まんだぞ、わかってんのか?

値踏みしてんじゃねぇ、筋通してからモノ言えやコラぁ!」

そして激昂し、中共組の交渉役に食ってかかる。


すると、中共組の交渉役はパタリとジュラルミンケースを閉じる。

「そうかい。じゃあ他んとこ回んな。

ウチは亜剌比亜(あらびあ)会の連中からでも、どっからでも買えるからな。

印度(いんど)組でも土耳古(とるこ)組でもどこでも持っていきやがれ!

テメェのブツなんざ要らねぇんだわ。

さっさと船引き上げて失せろ、この三下が。」


──かつて露西亜組のフロント企業が掘り起こす油は、欧州(おうしゅう)連合等、亜米利加組の兄弟筋が大口の買い手だった。

しかし宇克羅組との抗争が始まって以降、欧州連合は露西亜組からの仕入れを絞り、また亜米利加組も『露西亜組の外道から油買うとる組はどこじゃいワレェ!』と各組を恫喝して回った。

今では露西亜組は、油を中共組等、特定組の以外の他の組に持っていっても、買い手が付かない。


露西亜組の交渉役は慌てた様子を見せる。

「お、おい待てって兄弟……チクショウ、足元見やがってよ。

……わかったよ、その値で呑む。次も頼むぜ、兄弟。」

苦々しい表情で手を差し出す露西亜組の交渉役。

余裕の表情で握手に応じる中共組の交渉役。


取引を成立させ、露西亜組の交渉役は後ろを向き、車に向かって歩き出す。

そこに銃声が響く。

弾丸が露西亜組の交渉役の足元をかすめ、火花を散らす。


「……兄弟。テメェ、こりゃ一体何の真似だコラぁ!」

露西亜組の交渉役は足を止め、怒声をあげる。


「……オイ兄弟、テメェどうせ暇してんだろ?ちぃとこっちのブツも見ていけよ。」

銃口から煙を立ち上らせたチャカを構える、中共組の交渉役が低い声で言う。

それを合図にしたかのように、港の倉庫の扉が開く。

中にはエンジンをかけたトレーラーが数台、ヘッドライトを灯して待機している。

「……工作機械。半導体。センサー。ベアリング。炭素繊維……。上モノだぜ?」


……マジかよ。こんなモン、まだ回してくれる筋があったんかよ……。

露西亜の交渉役の瞳孔が開く。

……工作機械?半導体?センサー?……全部、ウチじゃ止まっとるヤツばっかじゃねぇか。

交渉役は、フラフラとした足取りで先ほど歩いてきたところを戻ってゆく。


──宇克羅組との抗争が始まって以来、亜米利加組とその兄弟筋からの、ブツの仕入れが潰された。

チャカの密造に必要なこれらのブツの入手経路を、亜米利加組の筋に依存していた露西亜組。

早晩、チャカ一丁作れなくなり抗争は手打ちになるとタカをくくっていた亜米利加組であったが、そんな露西亜組に禁制品のブツを供給し続けたのが中共組だった。


「持ってくんならゼニ置いてけよ。

さっき渡した7億から1億だけ抜いた、6億でどうだ?」

目の玉の飛び出るような価格を提示され、露西亜組の交渉役は我に返る。

「畜生、テメェ、ホント憎たらしいくらい足元見てきやがんな。

ふっかけやがってよ、昔の倍以上じゃねぇか。

……オイ……ちょっとはマケろや。このまんまじゃ話になんねぇだろ。」


価格交渉をはかる露西亜組の交渉役を、中共組の交渉役は嘲笑う。

「極道がケチくせぇ事抜かしてんじゃ終わりだろうが。

テメェらの代紋の重みってのは、その程度かよ……あァ?」


露西亜組の交渉役は渋々その価格を受け入れる。

「……クソっ、足元見やがって、覚えてやがれ。

わりぃけどよォ、ツケにしといてくれよ。さっきのカネから払っちまったら、親父に入れるカネが残らねぇじゃねえか。」


中共組の交渉役はすました顔で言う。

「悪ぃな、ウチはツケもローンもやってねぇんだわ。

ゼニは前払いでキッチリ、耳揃えて置いてけよ。」


露西亜組の交渉役は激昂する。

「待てやタコ!カネは後で送るって言ってんだろうが。

テメェ、俺の言葉が信用できねぇってのか、コラぁ!」

しかし中共組の交渉役は「そうかい、嫌ならとっとと帰りな」とニヤニヤしている。

結局露西亜組の組員は、渋々現金でカネを払うことになった。


「チッ……テメェらも漢気が足んねぇな。

部品だの材料だのチマチマ持ってくんなよ。

チャカそのもん持ってきてくれんなら、いくらでも買ってやんぜ。」

露西亜組の交渉役はボヤく。


──猛烈を極める宇克羅組との抗争。投入した先からチャカが溶けてゆく。

露西亜組のフロント企業の闇工場はフル稼働しているが、それでも生産できるチャカより、戦地で消費するチャカの方が多い。

本来チャカ密造は露西亜組の重要なシノギの一つなのだが、今はそれどころではない。


「悪ぃな兄弟。ウチがテメェにチャカ流したら、亜米利加組の筋から縁切られちまう。

そしたら今こうして卸してるブツも入ってこなくなんだよ。

それにな……チャカはこれからウチでも要るかもしれねぇ。

だからテメェに回す分はねぇんだわ。」


中共組の交渉役は電話をかけ、若衆を集めると、荷下ろしと積み込みを命じ、港を去っていった。


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