参拾壱 米軍組との盃④
──大東亜共栄会はさらに、今の大韓組と白頭組のシマのある、ユーラシア本州への玄関口、韓半島も自らのシマとしてシメていた。
そう、旭日組の前身である大東亜共栄会は、『ランドパワーの力を持つシーパワー』…覇権国家への転身に挑む、手の付けられない暴力団組織だったのだ。
亜米利加組とその兄弟は、『覇権国家』の誕生を危惧。旭日組のシノギを妨害し、潰しにかかった。
そして遂に、亜米利加組と大東亜共栄会は太平洋で激突。
太平洋は血の匂いの立ち込める、極道船や密輸船の墓場となった。
…これがのちの世の任侠史に刻まれる、『大東亜抗争』だ。
大東亜抗争の結果、大東亜共栄会は敗北。
亜米利加組は大東亜共栄会の幹部を監禁し、全員指を詰めさせるか、山に埋めた。
そして今後二度と覇権国家に爪を伸ばすことのないよう、太平洋の『蓋』を割り、千島と台湾を旭日組から切り離した。
さらに二度とランドパワーの力を得ることの無いよう、韓半島を切り離して、旭日組と異なる筋の組を立ち上げさせ、旭日組と対立させた。
実は旭日組、覇権を取りに行くには大変理想的なシマに組を構えている。
もしかつての大東亜共栄会のシマを集結させてしまうと…今度はそこが中共組を上回る『覇権国家』になりかねず、早晩亜米利加組の太平洋覇権を脅かすこととなる。
那統会でもそうだが、亜米利加組の方針は『亜米利加組が加勢すれば潜在覇権国家を倒せるが兄弟組単独では倒せない状態をキープさせ、兄弟組が覇権国家とならないよう力を持たせすぎない』ことが基本だ。
……やっぱり今の体制の中で何とかするしかないのォ…。
思い悩む古都がタバコの火を消したところで、ガチャリと扉が開く。
「おう、やっとるのォ、おどれら。」
若頭の萬洲を引き連れ、鳴門組長が入ってくる。
「ご苦労様です、おやっさん。」
古都が椅子をはねのけて立ち上がり、最敬礼で迎える。
「鳴門の、ちぃと顔出させてもろたでぇ。邪魔しとったらすまんのォ!」
「のう、鳴門ォ。兄弟筋がおるんじゃけぇ、茶ぐれぇ出さんかいのォ!」
鷹居と李田が鷹揚に挨拶をする。
「…叔父貴ィ、火ぃどうぞ。」
古都はタバコを取り出した李田に火をつけたライターを差し出す。
…鷹居と李田は、鳴門組長の五分の兄弟だ。
鳴門の前では古都と旭日組・大韓組の立場は逆転し、古都にとっては叔父貴筋ということになる。
……やりづれぇ。
古都は溜息を吐く。
古都率いる米軍組は、世界列島最強の武闘派ヤクザだ。
その意思決定は戦闘に最適化されており、いざ喧嘩の際は旭日組や大韓組を舎弟として動かし、一糸乱れぬ戦陣を組む必要があるが…舎弟ではなく叔父貴として出て来られると、米軍組の意向を通させることが出来ない。
…こんなことじゃのォ、喧嘩ん時にゃ動けんじゃねぇか!と心配になることも多い。
「なんやおどれら、血塗れじゃのォ!またどつき合いしとったんかい!おどれらホンマに仲ええのォ。」
鷹居と李田、そして古都は互いに目をそむける。
「わしゃこれから丸安楽カントリーまでゴルフ行くけぇのォ。おどれらも一緒に打ちに行かんか?
……おう、そうじゃそうじゃ!その前におどれらに一つ言うことがあったんじゃわい!」
萬洲にゴルフクラブを取りに行かせた鳴門が思い出したように言う。
「おどれらァ、会費滞納しとるっちゅう話聞いとるでェ!
兄弟筋じゃ言うてもなァ、そりゃ筋が通らんじゃろがい。
ちゃんと義理とケジメは守らんかいのォ!」
鳴門は、『上納金を払え』と言い放った。
「まてや兄弟ィ。会費っちゅうんはのォ、子分が親分に納めるモンじゃろがい。
なんで五分の兄弟分のワシらが、そがぁなモン払わにゃならんのんじゃコラァ!
筋がちゃうじゃろうが、のォ?」
鷹居が抗議する。
「あァ?おどれらァ、ワシの子分筋の米軍組の筋のモンでもあろうがい!
米軍組の代紋ぶら下げてシノギ張っとるんじゃったらのォ、会費払うんが筋っちゅうモンじゃろうがいコラァ!」
鳴門は一歩も譲らない。
…何じゃいその無理筋ァ!と怒鳴りつけようとした半秒先に鳴門が続ける。
「あんなァ、おどれらァ──ワシゃなァ、おどれらと米軍組の盃ぁ、水にしてまうことも出来るんじゃでェ。
おどれらのシマぁ守っちゃるために、ワシがどんだけゼニ突っ込んどる思とんじゃコラァ!
テメェのシマぁ、テメェで守るんが筋っちゅうモンじゃろうがい!
それが出来んけぇ、米軍組貸しとるんじゃろうが!……違うんかワレェ、あァ!?」
──すったもんだの後、結局旭日組と大韓組は亜米利加組への上納金を支払うこととなった。
旭日組も大韓組もいっぱしのヤクザだ。メンツは命より重い。
『五分の兄弟への上納金』という名目では流石に体裁が悪すぎ、亜米利加組への「心付け」等の名目で誤魔化すこととしたが……
鷹居は、疑念を抱くようになった。
……兄弟。この海はな、『ワシら兄弟の海』なんじゃ。『ワシの海』じゃなぁ。『そんなぁの海』でもなぁ。
どっちかが欠けたら、どっちもアカンくなるんじゃ…。




