参拾 米軍組との盃③
「ええか馬鹿ども。喧嘩両成敗じゃ!」
米軍組の古都組長は、半分に折れて血糊がべっとりついている木刀を放り投げる。
『ふぁい…』
……時は再び現在に戻る。
頭をカチ割られ、歯が数本無くなっている、ボロボロにヤキを入れられた二人の組長…鷹居と李田が、二人同時に返事をする。
「そこに盃ぁ置いとるけぇ、ツラの腫れが引いたら飲みィ。
それで適当に手ぇ打ちよれ。
……あとから蒸し返してきよったら、ワシが黙っとらんけぇのォ!」
古都の強引な仲裁で、旭日組煽り運転事件または大韓組チャカ突き付け事件は全てが有耶無耶に棚上げされたまま、両組は手打ちとなった。
──このような仕打ちは五分の兄弟ではありえないが、旭日組も大韓組も米軍組の舎弟だ。
兄貴分の暴力は、極道の世界では何ら問題にならない。上下関係がすべてを正当化するのだ。
米軍組にとって両組のいざこざの顛末などは心の底からどうでもよく、ただ喧嘩せず蘇未亜会の役割を果たしてくれればいいのだ……。
「ほんで──中共組、押さえ込めそうなんかのォ?」
ヤキを入れられボコボコになっていた二人の顔の腫れが引き、みるみる元通りになっていく。
──暴力団というだけに、極道の世界は、その日常は暴力と共にある。
このように異常なほどの回復力と暴力への耐性が無いと、極道はつとまらない。
「……兄ィ、こりゃキツいで。あの外道ぁのォ……」
古都は顔をしかめる。
……10年前とは、比べ物にならんがや。
蘇未亜会が立ち上がった10年程前。この頃はまだ、中共組の海の上での戦闘力は、沿岸をウロウロする程度で、遠く離れた海域で他所の組と本格的にやり合う実力はまだなかった。
旭日組の力で、十分抑え込むことが出来た。
しかし…今や中共組の実力は旭日組を圧倒している。
旭日組も指を咥えて見ているだけではなく、極道船を増強しチャカを増やしてきた。
だが、中共組の海上鉄砲玉隊の増強スピードは、旭日組のそれを圧倒していた。
古都は天井を見つめ、誰にともなく言葉を発する。
「……先代──アンタがあの『蓋』割ったツケが、今回ってきよるんかもしれんのォ……。」
厳しい顔で、古都は考えを巡らせる。
──太平洋の『蓋』たる旭日組。だがその『蓋』は、盤石ではない。いや、盤石ではなくなった。80年前に。
かつて旭日組は、大東亜共栄会という巨大暴力団組織だった。
今の旭日組は、日本海に蓋をするような立地だが、大東亜共栄会はそれだけではなく、オホーツク海に蓋をする『千島』と呼ばれる島々や、中共組のシマの大半に蓋をすることのできる『台湾』と呼ばれる島もシメていた。
これと日本島を一直線につなぐと…ユーラシア本州にほぼ完全に蓋をして、太平洋に出て来れないようにすることが出来た。
そして、太平洋からユーラシア本州への流れも同様だ。
この時代の太平洋は、半分を旭日組がシメており、その範囲でのシノギも、組ゴトも、旭日組が生殺与奪の権を握っていた。
古都はタバコを取り出す。
「オイ、火ぃ。」
普段は組長を張っているので忘れがちだが、鷹居も李田もここでは米軍組の舎弟だ。
鷹居は、慌ててライターを弾く。
「…ったくよォ。もっぺん所作ぁ叩きこんだろかい、ワレェ…」
しばし考えこむような仕草をしながら、時たま煙を吐き出す。
……こン馬鹿ども、もういっそのことくっつけたらどうかのォ…。
中共組の封じ込めには、今の体制ではもはや心許ない。何か抜本的な構造転換を…と思ったが、慌ててその考えを頭から追い払う。
……だめじゃ!そがぁなことしよったら……別な『覇権国家』ができてしもうてまう!




