参 ランドパワー系暴力団とシーパワー系暴力団②
『ハートランド』
それはこの世界列島の本州ともいうべき、ユーラシア大陸の中心部、西は東欧のあたりから東はモンゴル高原近辺まで、北は北極海沿岸から南はイラン高原のあたりまでの広大なシマを指す。
この『ハートランド』と呼ばれるシマは、亜米利加組のような一流のシーパワーの組の鉄砲玉をもってしても海から攻め落とすことができない──正確には、海に面していないか、年中凍結しておりアクセスできない。
一方、陸路のネットワークの中心であり、この世界列島の本州であるユーラシア大陸の何処にでも鉄砲玉を送り込むことができる。
海からの侵攻が困難なうえ、鉄道網で内陸の隅々まで鉄砲玉を送り込める──これがハートランドの恐ろしさなのだ。
またこのシマは資源が豊富にある。
これを押さえればその組のシノギは安泰だし、チャカの密造や鉄砲玉の軍事行動にも使える。
このシマを完全に掌握した組には、他の全ての組が盃を交わして連合を組んで抗争を仕掛けても返り討ちに遭う。
『覇権国家』と呼ばれる組の誕生だ。
こうなると、海を越えて行われる亜米利加組のシノギが潰されるだけでは済まない。
亜米利加組どころか、この世界列島全てがこの『覇権国家』と化した組に呑み込まれてしまう。
「ハートランドを制した組は、世界列島そのものを呑み込む」──それがかつて英吉利組の重鎮だった、松木田 春雄翁の預言だ。
かつてこの『覇権国家』ができかけたことは数回ある。
最近では蘇連組がこのハートランドのシマをほぼ押さえかけた。
かつては仏蘭組や独逸組がこのハートランドのシマに手を伸ばして鉄砲玉を送り込んでいた。
そのたびに、シーパワー系の組が団結し、大包囲網を築いて対抗し、その試みを潰してきた。
……そう、ハートランドを押さえようとすると、シーパワー系の組に包囲網を敷かれ、頓挫する。
そこで重要になるのが、このハートランドを覆うように位置する、『リムランド』と呼ばれるシマだ。
リムランドは、このユーラシア本州のハートランド以外の沿岸部だ。
ここはカタギもヤクザも、兎に角人口が多く、また経済もここが中心でシノギもよく回る。
そしてここは海に面している。
ハートランドをシーパワー系の組が攻めることができないのは、海に面していないか、凍ってしまって港が使い物にならないからだ。
その点リムランドはブツの売買から武装極道船団の出し入れまで、海の任侠活動は何でもできる。
ここをシーパワー系の組が押さえている限り、ランドパワー系の組は海に打って出てシーパワー系の組のシノギを脅かすことはできない。
逆にここをランドパワー系の組が押さえると、ハートランドと海が繋がり、シーパワー系の組は海の覇権を失う。
なのでこのリムランドのシマはこれまでずっとランドパワー系の組とシーパワー系の組が血生臭い抗争を繰り広げてきたシマでもある。
「リムランドは、ハートランドの包囲網であり、世界の動脈でもある。ここを押さえれば、海と陸の両方を制することができる。」──かつて亜米利加組の頭脳と謳われた稀代の渡世人、渡世名 須羽 生馬の言葉だ。
*****
──亜米利加組は『シーパワー系』じゃけェの。ウチの力は、交わした盃の重みで裏打ちされとるんじゃ。
ハイマース?ジャベリン?──ンなもん、した金じゃわい!
欧州連合の兄弟組と足並み揃えて、露西亜組を押さえんとのォ……ウチのシノギ、守れんのんじゃけェ!
丸古はその言葉を呑み込んだ。
任侠の世界では、親子の盃を下ろした組長の言葉は絶対だ。
「あんなァ、丸古の。なんでウチらが稼いだゼニで、直参でもない他所の組のケツ持たにゃならんのんじゃ。
おどれ、ちゃんとカタギの連中と飲みに行って話聞いとるんか?あいつら、不思議がっとるぞ。
ええか、丸古。間違うたらいけんど。ウチらがケツ持つんは、亜米利加組のシマの義理先だけじゃけェの。
盃も交わしとらん組の喧嘩にゃ、ビタ一文出さんけェの。
チャカもな、宇呂富の親父が買うっちゅうんなら、ナンボでも出したる。ゼニがないんなら、出さん。
……ほうじゃな。ワシが露西亜組とナシつけちゃるわ。
宇呂富の親父は、貫目が足りとらんけェのォ。」
ヤクザの世界では、噂は光の速さで伝わる。
鳴門組長が宇克羅組の支援に疑問を持っているという噂は、たちどころに亜米利加組の兄弟筋の組に伝わっていった。
*****
ここは宇克羅組の本家組事務所。
「ガシャーン!!」
けたたましい音をたてて玄関のガラスが飛び散る。
今日も露西亜組の組員が、挨拶がわりに鉛弾を撃ち込んでいく。
「おやっさん、あまり芳しくないみたいです。」
宇克羅組の組員が、胴回りにサラシを巻いた男──宇呂富 蓮介組長に耳打ちする。
サラシの下に、見事な彫り物が見える。
その背に舞うは、力強く飛翔する不死鳥──
その羽ばたきのたび、火の粉が散り、波打つ黄金の麦畑と、雲一つない蒼天に、未来への軌跡が炎の筆で描かれていくような、力強いものだ。
「ったく鳴門の野郎、目先のシノギしか見えてねぇじゃねぇか……。
オレがナシつけてくるわ。先方に挨拶入れっから、車まわしとけ。」
暁の空を背に、宇克羅組本家から黒光りする高級車の車列が出発した。
門の前に整列した組員が、いつまでも最敬礼で見送っていた。