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弐拾捌 米軍組との盃①

「ワリャぁ!ようもウチの若いモンにチャカぁ突き付けよったのォ!あァ?

おどれ、エンコ詰めてケジメ付けんかいワレェ!」

旭日(きょくじつ)組の鷹居たかい組長が、唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。


激昂した鷹居たかい組長がスーツを脱ぎ捨てると…その背中一面に堂々と広がる大輪の旭日。16条の赤の光芒が広がり、その中心には鋭い眼光を放つ不動明王が剣を掲げる。

両腕には桜吹雪が舞い、腰回りには荒れ狂う大洋の怒涛が岩に砕け散る。

海を制し、シマを守り抜くという生き様そのものを刻んだその彫り物は、鷹居たかい組長の鬼の形相と相まって、凄まじい威圧感を放っている。


「アァ?ンなモンでエンコ詰めれる思うとんか、バカタレがァッ!

白頭(はくとう)組のボケ共がウロウロしとるけぇ、そりゃチャカぐれぇ持っとるじゃろがい!

ほいじゃがのォ──おどれらの若いモン、運転ヘタクソじゃのォ!

ワシらに当てに来よったんか思うたでェ!」

負けじと大韓組の李田(ときた) 在明(ありあき)組長が啖呵を切り返す。


李田(ときた)組長もまたスーツを脱ぎ捨て、その背中に彫られた、黒雲を割って昇る白頭山の峰を晒して鷹居たかい組長を威嚇している。

墨と灰色で力強く彫り込まれたそれは、雪を冠したその頂に双頭の虎が睨みを利かせている。

片方の頭は北を、もう片方の頭は南を見据えており、その眼光はまるで分断された兄弟を見守る親のような、統一への執念が滲み出たものだが、その爪は目の前にいる鷹居たかいを八つ裂きにしてやらんかとばかりに大きく開かれている。


亜米利加(あめりか)組の二次団体、米軍(べいぐん)組の組長、古都(こと) 安蔵(あんぞう)はウンザリした表情でこめかみを揉んでいる。

…こン馬鹿ども、何をモンモン晒して怒鳴り合っとるんじゃ…さっきからちいともナシが進まんわい…。


しばらくタバコを吹かしながら二人のやり取りを眺めていた古都(こと)組長であったが、遂にその忍耐に限界が来た。

「たいがいにせぇやコラァ!さっきからブチブチとしょうもないことで揉めくさりやがってのォ!

ワシら米軍組の先代がわりゃらに盃下ろして旗揚げしたんが蘇未亜(そみあ)会ぞ!

亜米利加組をナメくさっとんのんかワレェ!アァ!?

これ以上グズグズぬかしよったらのォ──わりゃら二人まとめてエンコ詰めさすけぇのォ!」


古都(こと)組長もまたスーツを脱ぎ捨てると、その背中の威風堂々たる彫り物を晒して一喝する。

亜米利加組の代紋である星条旗。それを背景に力強く羽ばたき、世界列島を睥睨する一羽の鷲。

腰のあたりには大海原と、波を割って広がる陸地が。そして肩のあたりは満天の星空が描かれている。

陸、海、空と全方位から攻めてくる敵を打ち滅ぼし、秩序を守り抜く決意を秘めた意匠であるが…その彫り物は、秩序が行方不明となったこの寄り合いの出席者への怒りに震えていた。


…蘇未亜会の寄り合いは、荒れていた。

本日の議題は、本来別にあるのだが…さっきから鷹居たかい李田(ときた)は本題そっちのけで罵り合っている。

数年前に起きた、旭日組と大韓組の間で起きた揉め事。

何でも旭日組の若衆が車を走らせていたところで、大韓組の若衆が突然チャカを突き付けてきたという。

事後、猛抗議する旭日組の幹部に対し、大韓組は逆に旭日組が煽り運転をしていたと抗議。

双方の主張が平行線をたどり、未だに手打ちになっていないのだが……亜米利加組にとってはどっちがどうしたとかはどうでもいい。兎に角サッサと手打ちをしてくれ。それが亜米利加組のただ一つの想いだった。


不穏な動きを続ける中共(ちゅうきょう)組。相変わらず危険なちょっかいを出し続け、いつ一線を超えるか分からない白頭組。

それらの組織と最前線で対峙し、カチコミを諦めさせ、抗争を防ぐのが蘇未亜会なのだが…

鷹居たかいィ…李田(ときた)ァ…おどれらがその調子じゃ、蘇未亜会もよう回らんのじゃ…。

……古都(こと)の苦悩は終わらない。


*****

中共組も白頭組もユーラシア本州に位置する。

亜米利加組がこれらの組と事を構える場合、ユーラシア本州に上陸する必要があるが…通常これは失敗する。いや、ほぼ間違いなく失敗する。


完全武装の中共組が陣を張り、チャカの弾幕が張られる中……凶器で身を固めた重い体でバシャバシャと、身を隠すものの何もない波打ち際に足を取られながら上陸する。


こんなものは格好のマトにしかならず、チャカの扱いに不慣れな三下の練習台にされ、ハチの巣にされるのが関の山だ。

そして仮に千の屍を踏み越え、運よく上陸できたとしても…陸から無限に湧いてくる敵の組員に取り囲まれ、袋叩きに遭う。


──海から敵地に乗り込むこと。これは自殺行為に等しい。

海というのは、そこにあるだけで守る側にとってはコンクリ造りの大要塞より頼もしく、また攻める側にとっては絶望的な呪いに等しいものなのだ。


「……じゃけぇのォ──中共組や白頭組と事ぉ構えることになったらのォ、ワシらぁ、おどれんシマぁ使わしてもらうけぇのォ。」

亜米利加組の小浜(おばま)組長は、静かに言った。

大韓組の久根(くね) (たく)組長は、無言で頷く。


時は10年程前に遡る。

冬の夜空は澄み渡り、天空にはオリオン座が煌めいている。

料亭「青瓦(せいが)楼」の外には黒塗りの高級車が列をなし、入り口を固めた屈強な組員が、刺すような寒気の中で白い息を吐いている。


その奥座敷では、亜米利加組・旭日組・大韓組による、蘇未亜会結成の盃事が行われていた。


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