弐拾漆 白頭組と中共組②
ここは板ノ門村と呼ばれる、白頭組のシマと大韓組のシマの境界の村だ。
チャカを構えた双方の組の若衆があたりをうろつき、一触即発の空気が漂っている。
そこに、けたたましい大音量で軍歌を鳴らしながら、白頭組の代紋を掲げた黒塗りの街宣車が停車する。
ペンキで塗ったような黒地の車体には、白字ででかでかと『先軍の道は勝利の道』『一発必中、一心団結』等とスローガンが書かれている。
街宣車には金正組長が乗り込んでいる。
『……攻撃ィ~、攻撃ィ~、白頭の稲妻ァ~~……』
街宣車から流される軍歌の音量が上げられ、頭の痛くなるような大音量があたりに響き渡る。
畑で野良仕事をしていた大韓組のシマのカタギの農民たちが慌てて家に飛び込み、玄関と雨戸をガラガラと閉める。
──大韓組のシマ……これは白頭組にとって邪魔以外の何物でもない。
白頭組も大韓組も、韓半島全体が自分たちのシマであると主張しており、お互いがお互いを『筋も道理もなく自分たちのシマに居座っている外道』と罵り合っている。
今、大韓組が事務所を構えるシマを地上げして、韓半島から叩き出すこと…これは先代から続く、白頭組の悲願だ。
大韓組の若衆は迷惑そうに耳を押さえながらも、メガホンを手に前に出る。
「おう、金正ァ!また来やがったんか、この地上げタコ!
ここぁワシらのシマじゃ言うとろうが、わりゃあ耳ついとんのかコラ!」
金正はニヤリと笑い、胸ポケットから分厚い封筒を取り出してヒラヒラさせる。
「おうおう、大韓組の三下かいのォ。
ワシぁなァ、おどれらのシマぁ更地に叩き直して、ええビル建てちゃろう思うとるんじゃ。
おどれらの親分にも『誠意』はきっちり見せるけぇ、はよ判ぁ押さんかいワレェ!
そっちのほうがカタギ衆もよっぽど楽になるじゃろうがいッ!」
大韓組の若衆は鼻で笑う。
「あァ、おどれらのカタギ衆ぁ楽になろうがのォ。
じゃがのォ、その代わりワシらのカタギが割ぁ食うんじゃけェ!
失せぇや、バカタレがぁッ!
シマのカタギ衆も食わしてやれん穀潰しが、何を偉そうにぬかしとんじゃコラァ!」
金正は肩をすくめ、街宣車の運転席に合図を送る。
軍歌の音量がさらに上がり、地面が震えるほどの低音が村を包む。
パニックにでもなったように、バサバサと鳥たちが木々から飛び立ってゆく。
「ほうかほうか……まぁ、ゆっくり考えんさいや。
ワシぁ毎日でも顔出しちゃるけぇのォ。
……気ぃ変わって、この韓半島から出ていく気になったら、いつでもワシに言うてこんかい。」
そう言うと金正は街宣車に乗り込み、ゆっくりとその場を去っていった。
大韓組の若衆は舎弟を呼ぶと、憤懣収まらぬ様子でまくし立てる。
「…あン野郎ォ!次ぎ来よったらチャカ弾いて、あン身体に鉛ぶち込んだるけぇ覚悟しとけやコラァ!
おう兄弟ィ!はよおやっさんに電話せぇや!
亜米利加組にナシつけて、チャカをぎょうさん仕入れちゃれやァ!」
*****
「おう兄弟よォ、今日はなァ、おめぇにゃちっと重てぇ話があんだわ。
腹ァ括って聞けやコラァ!」
中共組本家の組事務所。
両肩に怒りを湛え、仁王立ちする近平組長の前で、金正は小さくなって座っている。
毎度毎度要らん問題起こしやがって…。
近平の怒りは、限界だった。
「…てめぇがよォ、旭日組だの大韓組だのにチョッカイかけっからよォ、あいつら、亜米利加組からチャカをバカみてぇに仕入れてんだよ。
これがどういうことか、分かってんのかオラァ?あァ?
…あいつらとドンパチになった時によォ、俺が困んだよ!…この中共組がよォ!!」
近平組長はこめかみに青筋を立てながら、金正を怒鳴りつける。
──亜米利加組はもちろん、盃を結ぶ旭日組も大韓組も、中共組とは舎弟の盃を持たない。
舎弟の盃がない以上、中共組にとっては安心ならない組織ということになる。
いつどんなキッカケで抗争になるか予測がつかず、中共組は常にこれらの組との喧嘩に備えている。
そしてこれらの組は、白頭組がちょっかいを出すほどに警戒心を強め、手持ちのチャカを積み増してゆく。
これは中共組にとって、たまったものではない。
そのチャカは、中共組ではなく、白頭組に備えて仕入れたものだろうが…これが中共組相手に火を吹かない保証はない。
兄貴分に叱られ、金正はブスっとして不貞腐れている。
「あとよォ…てめぇ、そのポケットん中のブツ出せや。
…間違ってもよ、こんなトコで弾くんじゃねぇぞ。
気ぃつけて、ここにそっと置けや。」
観念したようにゴソゴソとポケットを漁った金正が机の上に置いたもの…それはアトミックチャカだった。
「バカヤロォ!てめぇ、こんな物騒なモンこさえてんじゃねぇよ!
…おめぇはよォ、コソコソ隠してるつもりかもしれねぇけどなァ、そんなモンなァ、バレバレなんだよ!アホかテメェは!」
──そして極めつけはこれだ。
街一つを消し去るという、終末のチャカ、アトミックチャカ。
白頭組がアトミックチャカを隠し持っていることは、もはや近隣の組には周知の事実だ。
「…ちぃっとは頭使えや、このドアホがよォ!
てめぇがこんなモンちらつかせりゃよォ、旭日組だの大韓組だのがアトミックチャカ持つ口実になるンだよ!考えりゃ分かンだろコラァ!」
そこで、叱られた犬のように不貞腐れていた金正が口を開く。
「あァ、わしゃ頭ぁ使うとるわい、兄ィ。
ワシゃ今や、アトミックチャカ持ちじゃけぇのォ。
どや兄ィ、大韓組がワシらにカチ込める思うかや? 旭日組はどうじゃ?
…ワシらぁなァ、亜米利加組にだってアトミックチャカぶち込めるんじゃけぇ。
どや、あン阿呆共、ワシに手ェ出せる思うんかい、兄ィ!」
金正は立ち上がると、愛おしそうにアトミックチャカを手に取る。
そして、引き金に手をかけ、近平の頭に狙いをつける。
カチャリと、安全装置が外される。
……近平の背に、一筋の汗が流れる。
「なァ兄ィ…ワシがこいつをこうやって構えるじゃろがい?
ほしたら連中、ションベンちびってイモ引きよるんじゃ。
ほんでな、チャカをスッと下ろしたるんよ…すごかろうが。
連中なァ、勝手に感謝してのォ、油やら飯やらゼニやら、ありったけ持ってくるんじゃけぇ。
そういや昔ぁ、発電所まで建ててもろたこともあったのォ!」
金正はアトミックチャカを下ろすと、ポケットにしまう。
「…第一になァ、兄ィが一番困るじゃろうが。じゃけぇ、ワシにゼニやら油やら、いろんなモンくれよるんじゃろ?
なァ兄ィ、これはのォ、ワシのシノギなんじゃけぇ。
アトミックチャカ突き付けて亜米利加組を強請る。旭日組からも強請る。大韓組からも、もちろん強請るんじゃ。
ほんでな兄ィ…アンタからもじゃ。
……そいじゃけぇ兄ィ、これからもよぉ頼むで。ほいじゃあのォ!」
そう言い残すと、金正は組長室の扉をあけ放ち、外に出ていった。
…あの野郎!足元見やがって!!
近平組長は歯噛みする。
しかし、いくら金正に腹を立てようが、近平には白頭組との盃を水にするという選択肢はない。
…フッ、あの野郎、自分の立場と価値をよく理解してやがる。
近平は、吹っ切れた。
いいぜ金正。この盃、思う存分使え。
もちろん、俺もテメェを使う。
…背中は預けたぜ、兄弟!
*****
──今日もまた、白頭組は問題を起こす。
「あ~、チャカ弾くんは気持ちがええのォ!」
金正組長と白頭組幹部は、海めがけて意味もなくチャカを連射している。
…その先には、大韓組の離れ小島の漁村がある。
──注目されればされただけ、危機が高まれば高まった分だけ、掛け金が上がる。
「ワレェ!白頭組ン外道がァ!おどりゃ、カタギ衆に手ェ掛ける気かボケぇ!」
大韓組の若衆が怒声をあげる。
「あァ?おどれ、目ん玉ついとんのかいワレェ!
一発でもおどれんシマに当たったんか?
アヤぁ付けるんもええ加減にせぇやコラァ!」
白頭組の若衆も負けじと罵声を返す。
──慎重に、中共組がもみ消せるラインを見極めながら。
あぁぁ!テメェは馬鹿だ!大馬鹿野郎だ!
近平は頭を抱える。
「…まぁよォ、その、なんだ。チャカもよ、喧嘩もよ、やっぱ練習がモノを言うんだわ。
テメェらも極道張ってんならよォ、練習ぐれぇは欠かさずやってんだろう、なァ!」
そして怒り狂う関係各組を宥めて回る。
──結局、中共組の苦悩は終わらない。
「そういう訳じゃけぇ、兄ィ…ゼニくれや。
…あー、それとなァ、さっきまでチャカ弾いとったら腹ぁ減ってしもうたわい。
飯もなんか出してつかぁさいや!」
…畜生、覚えとけよこの野郎。
その言葉を呑み込んで、近平組長は無言で財布を取り出した。




