弐拾四 印度組との対立③
「あっ、兄貴ぃ!…いかんごとなっとりますばい!…手ぇ貸してくれんですか!」
巴基斯担組の紗里富組長は、中共組の近平組長に電話をかける。
巴基斯担組の懐事情は何ともお寒く、頼りない。
樫見町の一件の報復で印度組がカチ込んできたが、これを撃退するためのチャカが全然足りていない。
数日だけなら印度組とやり合うことができる。しかしそれ以降は……。
チャカも持たず丸腰では、印度組を追い払うどころか、巴基斯担組が壊滅しかねない。
「てめぇも派手にやらかしたな、兄弟…。
あそこまでブチ込まれちまっちゃ、オレももう庇いきれねぇよ。
どうだい、指の一本詰めて印度組にスジ通してこいよ。」
中共組の近平組長はため息交じりに言う。
今回の一件は中共組にとっても頭が痛い。
巴基斯担組は、敵対する印度組を封じるのに都合の良い場所にシマを構えている。
多少の外道行為であれば中共組がもみ消してやることもできたが…今回の一件は業が深すぎる。
「兄貴ぃ…分かっとるやろが。そげん真似したら、組が割れて、結局は潰れてしまうばい…。」
そして印度組に詫びを入れようにも…紗里富組長は人望が薄い。
親子の盃を交わす若衆も、決して全員が紗里富に忠誠を誓っているわけではなく、若頭や舎弟頭と裏盃を交わしている組員も多い。
組の中では下克上の空気が漂っている。
そもそもの今回の樫見町へのカチコミ。これは舎弟頭派の暴走により引き起こされた。
紗里富組長にとっては寝耳に水だ。
しかし…もし紗里富が印度組に詫びを入れ、弱腰な姿勢を見せたら…その時には本当に組が割れ、収拾がつかなくなりかねない。
「やっぱ…こげんこつんなったら…アトミックチャカしかなかっちゃろが…。」
巴基斯担組も終末のチャカ、アトミックチャカを隠し持っている。
…しかし同時に、印度組もまた、アトミックチャカを隠し持っている。
こんなモノを弾いてしまえば、抗争は印度組と巴基斯担組にとどまらなくなる。
世界列島の各組から袋叩きに遭いかねない。
そうなると真っ先に壊滅するのは巴基斯担組である。
このままでは手持ちのチャカが尽きて巴基斯担組は壊滅。
アトミックチャカを弾いても巴基斯担組は壊滅。
指を詰めて印度組に詫びを入れても巴基斯担組は壊滅。
どこに進んでも地獄であり、今の紗里富組長の状況はまさに八方塞がりだった。
「馬鹿野郎!早まったマネするんじゃねぇ!」
近平組長が怒鳴り声を飛ばす。
「…心配するんじゃねぇ、紗里富。チャカはあとで送ってやる。
それからこないだ一つ道具送ってやったろ?…アレを使え。
ま、じきに亜米利加組が動く。程々にしとけや、兄弟。」
*****
「死にさらせこの腐れ外道がァ!」
仏蘭組から密輸した高級車、『ラファール』に箱乗りになった印度組の組員がロケットランチャーを発射する。
「あわわわ…兄貴ぃ、はよ逃げんしゃい!逃げ…!」
巴基斯担組の事務所に爆発が轟く。
壁にかけられた代紋と紗里富組長の額入りの写真が床に落ち、砕け散る。
飾られていた甲冑がバラバラになり床に散らばり、あたりに火の手が上がる。
「仏蘭組から仕入れた道具ぁ、なかなかよかもんやなぁ…!
こいなら巴基斯担組の外道ん奴らも……」
印度組の組員が次弾を装填しようとしたその瞬間、『ラファール』が爆発し、炎に包まれる。
運転していた印度組の組員は、即死した。
「な…なんじゃぁ一体?……おい久丸、久丸ッ!」
車から投げ出され、全身に切り傷や擦り傷を負った若衆がよろよろと立ち上がる。
そして車と運命を共にした兄弟の名を叫ぶが……
キキィッ!
…そこに現れたのは、中共組のフロント企業が生産する高級スポーツカー、『J-10』だった。
ガチャリとドアが開く。
そこから降り立ったのは、巴基斯担組の組員二人。
一人はまだ熱を放つロケットランチャーを小脇に抱え、もう一人は右手にチャカを握りしめている。
…中共組が…裏でコソコソ手ぇ回しとったっちゃなぁ!
印度組の組員はポケットからチャカを取り出そうとしたが、巴基斯担組の組員が発砲する方が早かった。
*****
「なんやとォ!?鳴門ん野郎…どげんつもりでモノ言いよっとか!」
印度組本家。茂出組長は灰皿を床に叩きつけ、激怒している。
その手には亜米利加組の代紋が押された義理回状が握りつぶされ、皺くちゃになっている。
そこには、亜米利加組が、巴基斯担組との手打ちを仲裁すると達筆な書体でしたためられている。
「茂出の親分…わしゃぁ親分の気持ち、よう分かっとるんじゃ。じゃが、ここぁひとまず堪えて引いてつかぁさい…ほれ、この通りじゃけぇの。」
状を手渡した亜米利加組若頭代行の丸古が、席を立つと茂出組長の前に跪き、頭を床に付ける。
──今回の印度組と巴基斯担組の抗争。亜米利加組にとっても他人事ではなかった。
亜米利加組は桑道会で印度組と一分と一分の盃を結んでいる一方、最近では少し疎遠になっているものの、巴基斯担組とも裏では盃を結んでいる関係だ。
この2つの組が抗争状態にあるのは、亜米利加組にとって頭が痛い。
ましてアトミックチャカを弾き合う事態など、以ての外だ。
「……ツラぁ上げんしゃい、丸古の。
おまんらの言い分も、分からんこつじゃなかとよ。
そこんとこについては、ワシらん立場もおまんらと一緒ばい。」
茂出組長は、静かに声を発する。しかしその声には、威圧感が漲っている。
──印度組が巴基斯担組との抗争で西方に注力しすぎると、東の中共組への圧が薄くなる。
亜米利加組にとって、印度組は中共組包囲網の一角だ。
そしてそこは中共組と敵対する印度組にとっても、亜米利加組と利害が一致する点だ。
しかし……
「……まっこと、骨んなか奴らばい…あと二日…あと二日あったら、二度と立てんごとまで痛めつけちゃれたっちゃろうが…。」
茂出組長は、無念そうにこぼす。
──今回の抗争、巴基斯担組を壊滅とまでは言わずとも、その寸前まで痛手を与え、当分印度組に手を出せないようにする。
これが印度組の目標だった。
…タイミングが早い。
茂出組長は心の中で亜米利加組を罵ったが、巴基斯担組は既に亜米利加組の仲裁を受け入れ、印度組との手打ちを了承しているという。
手打ちを受け入れている相手をさらに痛めつけることは、任侠道にもとる。
まして天下の亜米利加組の仲裁を蹴ったとあれば、印度組の任侠界での立場は悪くなる。
「そこを、何とか…何とか、ウチの親父の顔ォ立てる思うて…」
丸古は食い下がる。それを茂出組長が制して言う。
「丸古の…鳴門ん親分によう伝えとけ。…手ぇは打っちゃるばい。
じゃどん、こいは巴基斯担組んヘタレが芋引いたけんやけん。
ウチが音ぇ上げたっちゃ思うたらいかんばい…そこんとこ、よう肝に銘じとけっちゃ。」
ニカっと笑う茂出組長。
丸古は再び床に膝をつき、茂出組長に礼を述た。




