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弐拾参 印度組との対立②

「ワレぇ!おまん、ウチん組ゴトに口ば出すっち、どげん了見やとやぁ!」

今日も亜米利加(あめりか)組本家事務所の電話が鳴る。


「おまんら、なかなか面白かこと言いよるのォ?

ワシらにはミカジメ五割っち言うくせに、そいの倍も露西亜(ろしあ)組から油ば買いよる中共(ちゅうきょう)組は十割にならんとおかしかろうが!

極道やったら筋ば通さんかい、コラァ!」

相手は印度(いんど)組だ。

物凄い剣幕で電話口でまくしたてられ、部屋住みが泣きそうな顔でアウアウ言っている。


土耳古(とるこ)組もワシらと大して変わらん目方ば買うとるばってん、あいつらはお咎めなしかい?あァ?

欧州連合もお咎めなしかい?

兄弟ん躾も出来とらん貫目足らずが、ワシらんことガタガタ言う資格ぁあっとや?おォ?」

涙目の部屋住みから受話器を渡された丸古(まるこ)は、頭を掻きむしりながら平身低頭詫びる。

…おやっさん、これ、どがぁしたらええんじゃ!


「これだけじゃ済まんばい。おまんとこの親分──ワシらのドンパチに勝手にクビ突っ込んできて、挙句にワシらば散々コケにしてくれたのォ?

ワシらも極道たい。代紋に泥ば塗られて、黙っとるほど可愛か連中やなかばい。

……おまんら、縁ば切られてぇっち思うとるとや?あァ?」

…おやっさァん!助けて…助けてつかぁさい!


*****

時は数か月前に遡る。


「おやっさん!おるとですかい!聞いてつかぁさい!

……巴基斯担ぱきすたん組の外道共が、樫見(かしみ)町ば…!」

組長室で湯呑みを啜っていた茂出(もいで)組長は、椅子を蹴って立ち上がる。

湯呑みが床に落ち、砕け散る。


「何ィ……樫見町っち言うたか!?

あん外道……どげん真似ばしよったっちや?全部言うてみい!」

樫見町。

そこは巴基斯担(ぱきすたん)組のシマとの境界にある、印度組の支配するシマだ。


印度組と巴基斯担組は犬猿の仲だ。

お互いの組事務所に銃弾が撃ち込まれるのは、日常茶飯事だ。

その巴基斯担組もまた、この樫見町を自らのシマと称しており、この街は双方の組員による小競り合いの舞台となってきた。


「あの外道共がカチ込んできよってなァ…カタギの衆にチャカば弾きよったとばい。

……もう、何人死んだか分からんごとなっとる。

血の匂いが路地にこもって、犬すら近寄らんとよ。」

ただ今回の巴基斯担組のカチコミは、過去の小競り合いとは一線を画していた。

過去の小競り合いはあくまで組員同士のどつき合いだ。

しかし巴基斯担組は、今回は無抵抗なカタギを標的にチャカを乱射して、殺戮した。


茂出(もいで)組長は額に青筋を立て、執務机を殴りつける。

ガチャンと大きな音を立てて、机の上板のガラスが割れる。


血の滴る茂出(もいで)組長の右手。

それを気にかける様子もなく、茂出(もいで)組長は雷鳴のような怒鳴り声で組員に檄を飛ばす。

「すぐカエシば入れるぞォ!

巴基斯担組の外道共ば、地獄に叩き込んでやらにゃ気が済まんばい!

……中共(ちゅうきょう)組にも、目にモン見せちゃらにゃいかんとよ!」


巴基斯担組は、印度組にとっては目の上のたん瘤のような存在だ。

東には中共組があり、西にあるのが巴基斯担組のシマだ。

どちらの組とも敵対しており、東西から敵に挟まれる形であり、印度組はそのどちらにも若衆を貼り付けておく必要がある。

……若衆は昼夜構わず境界に立っとるとばい。目ば離せんけん、眠る暇もありゃせんとよ。

茂出(もいで)組長はよくぼやいていた。


そして巴基斯担組は中共組から九分一の盃を受ける、中共組の舎弟だ。

中共組は印度組を取り囲む弱小の任侠組織を同様に舎弟として取り込んでおり、印度組包囲網を形成しつつある。

巴基斯担組を滅ぼすことはこの包囲網に穴を開けることであり、印度組の悲願でもある。


ポタリと茂出(もいで)組長の手から滴り落ちた血が、大理石の床に落ち、赤いシミを作る。

「……なぁ、徹底的にやっちゃらんかい。

二度と立ち上がれんごと、骨の髄まで叩き潰しちゃれ!」


しかしいくら目障りな相手であっても、何のキッカケもなく巴基斯担組に抗争を仕掛けては任侠道の筋が通らない。

だが今回のように、カエシを入れる大義名分があるなら話は別だ。

茂出(もいで)組長は、巴基斯担(ぱきすたん)組を壊滅させるか、それが叶わずとも当分印度組に立ち向かうことの出来ないほど痛めつけ、勢力を削いで弱体化させることを決断した。


「但しや……向こうがどげん筋の組やろうと、カタギに手ぇ掛けるような真似は絶対すんなよ。

巴基斯担組の外道共と同じ次元に堕ちるような喧嘩は──ウチの代紋に泥ば塗ることと心得とけ!」

茂出(もいで)組長は訓示を発する。


印度組は他の組との兄弟盃を持たない、一本独鈷(いっぽんどっこ)の任侠組織だ。

これはつまり、任侠道にもとる外道の戦いをした場合、後ろ盾となり庇ってくれる組がいないということだ。

亜米利加組や露西亜組のような強力な組が後ろ盾に付いていれば、多少カタギに被害が及ぶような戦いをしても、極道達の間で『国連安保理』という隠語で呼ばれる、暴対課の取り調べ等で便宜を図ってもみ消してくれる。


しかし一本独鈷の場合はそうはいかない。他の組から任侠の道を外れた外道として総スカンを喰らい、たちどころに印度組のシノギは行き詰り、戦いを続けることはできなくなる。


一本独鈷であることは、意思決定を他の組の意向に縛られることがない代わりに、任侠道をシビアに、ストイックに守っていくことが求められるのだ。


*****

夜の闇に紛れ、一台の高級車がライトを消して人気のない道を走る。

チャカや手榴弾を満載し、完全武装の印度組の若衆は終始無言だ。


巴基斯担組事務所の裏手に静かに車を止めると、印度組の若衆は車を降りる。

無言でトランクを開ける。

そこにはロケットランチャーが入っている。


「往生せぇや、この外道共がァ!

タマぁ取ったるけん、覚悟ば決めとけよォ!」

若衆はロケットランチャーを組事務所にぶっ放す。


大爆発の後、巴基斯担組の事務所はたちどころに炎に包まれた。

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