弐 ランドパワー系暴力団とシーパワー系暴力団①
暴力団組織の源流は、大きく二つに遡ることができる。
一つは、博徒系。
賭博を生業とした渡世人の集団をルーツとする。
近代に入り、都市の膨張とともに戸籍に属さない『無宿者』が増加していった。
彼らは定職を持たず、日雇いや博打で生計を立てる。
この無宿者層が団結し、賭場を開いて縄張りを形成したのが、博徒系組織の源流だ。
博徒にとって、そのシマとは命そのものだ。
縄張りを巡る抗争は避けられず、戦いの中で『義理・人情』が語られる。
ここで『極道』というものの下地が出来上がっていった。
もう一つは、的屋系。
縁日等で立ち並ぶ露店、即ち的屋。
各地の縁日や祭礼の場所を求めて旅回りをしていた露天商が、相互扶助を目的に団結。
そして親方と弟子のような徒弟制度を発展させ、組織化していった。
シマに執着し、そこを守り抜き、シマの中でのシノギで生計を立てる博徒に対し、的屋は縁日から縁日へと移動して流動的に稼いでおり、その商圏を守ることが的屋の生命線となる。
そして任侠組織が国境を越えてグローバル・ヤクザとして世界規模で抗争を繰り広げる現代。
博徒系組織はもはや『ランドパワー』という新しい概念で語られる。
そのシマに執着して抗争を生き抜き、シマを守り抜く博徒系組織を源流とするランドパワー系暴力団は、内陸に広がるシマを持つ。
必然、他の組のシマと複数の『国境線』とも言える境界を接することになる。
他組織の鉄砲玉は地続きの国境線を超えて陸を伝って抗争を仕掛けてくる。
そしてまた自らも陸を伝って周辺の組に抗争を仕掛ける。
したがってランドパワー系暴力団の基本方針は、『いかに地続きの周辺の組からの鉄砲玉を始末するか』『いかに周辺の組を切り伏せて自分の組を大きくしていくか』『いかに自分のシマの周りに舎弟の組のシマで囲って緩衝地帯を作ってやるか』というものになりがちで、そのために必要な陸戦力を重視する傾向がある。
長ドスで武装したランドパワー系暴力団員の一糸乱れぬ連隊行動は非常に威圧的であり、実際陸の上での戦いには滅法強い。
代表的なランドパワー系の組には、露西亜組や中共組、独逸組や仏蘭組などがある。
対する的屋系組織は、『シーパワー』と呼ばれるようになっていた。
商圏を広げていった的屋系組織はいつしか海を越えた。
この時の的屋のシノギは、『ブツの密売』だ。
海を越えたシノギでは、そのブツを運ぶ密輸船団を他の組の襲撃から防衛することが鍵となる。
また、ブツの買い手がいなければシノギは成立しない。
海を越えたシマを仕切る組を切り伏せ、取引の相手に仕立て上げる必要がある。
いずれの場合も海の上での戦闘に強い鉄砲玉が必要になる。
シーパワー系の組員がチャカを構えて乗り込み、代紋を掲げて風を切る極道船団。
その一糸乱れぬ艦隊行動を目にした海の向こうの人々は、チャカの煙を見るまでもなく恐れ慄き、自分たちのシマを解放したという。
また海を越えたシノギを成立させるためには、他の組との同盟網も重要だ。
ブツの売買の相手方としてだけではない。
海は広い。単独の組で守り切るには広すぎる。
シーパワー系組織の親分衆は互いに兄弟の盃を交わし、協調しながらお互いのシマと商圏、ブツの取引ルートを守る、水平連携的な同盟網を築いていた。
これはランドパワー系の組が、周囲の弱小の組を切り伏せ、緩衝地帯の傀儡として九分一の兄弟盃を結ぶという、垂直支配型の同盟とは対照的だ。
代表的なシーパワー系の組織には、亜米利加組や旭日組、英吉利組などがある。
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「おやっさん、これが露西亜組と宇克羅組の出入りの背景ですわ。」
亜米利加組の若頭代行・丸古が鳴門組長への説明を終えた。
鳴門組長は欠伸をかみ殺している。
「丸古ォ、おどれ説明ド下手じゃのォ。何が言いたいんか、さっぱり分からんわい。
まずの、露西亜組の裏島の親父──あれはワシの五分の兄弟じゃけェ、ワシが言うて聞かしたるけェの。
……梅傳の外道、貫目が足らんけェのォ。宇克羅組の宇呂富の親分も、貫目が足りとらん。
裏島の親父とは貫目が釣り合わんけェ、話がこじれてドンパチになるんじゃ。
それを裏島の親父に一言も話さんと、しこたま宇呂富のとこにチャカ送りよってからに……何考えとんじゃ梅傳のアホはよォ。」
丸古の額に汗が流れる。
──おやっさん、これはのォ、盃とか貫目の話やのうて、構造の問題なんじゃ。
そしての、先代の梅傳の親父がチャカ送りよった理由……それは──。
3年程前から、渡世名 裏島 風次郎組長率いる露西亜組と、渡世名 宇呂富 蓮介組長率いる宇克羅組との間で、血で血を洗う凄惨な抗争が繰り広げられている。
露西亜組は先に述べたランドパワー系任侠組織の力学に従い、地続きの周辺の組を呑み込むか、傀儡として九分一の盃を結ぶという本能に基づいて行動している。
それに対し、仏蘭組や独逸組が盃を交わして成立した一大任侠連合──欧州連合は、自らのシマが露西亜組に侵蝕されることを恐れて宇克羅組を支援した──これは分かる。
ではなぜ亜米利加組の前組長、梅傳組長が宇克羅組を支援したのか──これには、古くから任侠の世界に伝わる言い伝えがあったためだ。
『ハートランドをシメた組が世界列島をシメる』
『リムランドをシメた組がハートランドをシメる、そして世界列島をシメる』
──おやっさん、宇克羅組にチャカ送りよるんはのォ、世界列島をシメる組──『覇権国家』っちゅうもんが出来んようにするためなんじゃ。
「あァあ……梅傳の外道がチャカ、あれだけ送りよったけェのォ、ウチの組、だいぶゼニ使うてしもうたわい。
ハイマースにジャベリン、それにペトリオットか……高うつくチャカじゃのォ。
宇呂富の親父、ゼニはあるんかいの?あァ?」
──おやっさん、ウチの組は『シーパワー』じゃけェの。
ウチのゼニはのォ、今ウチが海をシメとるけェ稼げとるんじゃ。
『覇権国家』っちゅうもんが出来てしもうたら……もう………
丸古は背筋に冷たいものが伝わるのを感じていた。