拾玖 亜米利加組と露西亜組の麻雀対局①
裏島組長一行を乗せた高級車が亜米利加組の荒須賀事務所の門に横付けする。
亜米利加組の組員が周囲に目を光らせ、警戒する中、黒塗りの高級車のドアが開く。
「よォ来たのォ、裏島の。」
山吹色の紋付に身を包んだ鳴門組長が出迎える。
その隣には丸古と、井床が付き従う。
──先日の宇呂富組長との和解。
鳴門組長は、宇克羅組と露西亜組の手打ちの仲介に動き始めた。
「久しいな、兄弟。」
藍色の紋付姿の裏島組長が絨毯の上に降り立つ。
亜米利加組の組員は、荒須賀事務所の入り口まで絨毯を敷いて裏島組長の到着を待ち構えていた。
続いて車から、伊良部と、丑屋が降り立つ。
どちらも、露西亜組の重鎮だ。
「おどれと卓囲むんも、ほんま久しぶりじゃのぉ…ほいじゃ、今日は骨の髄までシバき合おうや。」
──兄弟組からは『あの狸親父に足をすくわれないよう慎重に進めろ』と忠告を受けていたが……鳴門組長は、裏島組長との個人的な盃を活かし、本日の麻雀対局に漕ぎつけた。
亜米利加組の組員の先導で、事務所の奥にある麻雀卓に向かう。
部屋住みが徹底的に掃除して、キンキンに冷えたビールやつまみが並び、客人をもてなす準備が整っている。
鳴門組長の対面に裏島組長が座る。
右に丸古、その対面には丑屋が着席する。
後ろのソファーには井床と伊良部が腰を下ろし、部屋住みからおしぼりを受け取っている。
「どれ、一勝負いこうや。」
ジャラジャラと洗牌し、山を積む。
薄暗い照明の下、亜米利加組と露西亜組の半荘勝負が始まった。
──極道にとって麻雀とは、ただのゲームではない。
チャカもドスも出さないタマの取り合いを通じて互いの貫目を推し量り、盃に値するかを見極める。
そして揉め事や利害の対立を抱える組同士が互いの思惑を推し量り、引くべきは引き、押すべきは押す駆け引きを繰り広げながら、手打ちの青写真を描き、根回しと交渉を行う場。
それが極道の麻雀だ。
部屋住みが裏島組長のタバコに火をつけ、灰皿を差し出す。
「のぉ、裏島ぁ…。今日こうしておどれに足運んでもろうたんは、他でもなぁてじゃ。
えぇ加減、宇呂富の親分と手ェ打ってやらんかい。
ワシらもな、あそこの親分にチャカせがまれて、ほんま堪らんのんじゃけぇの。」
中牌を切りながら、鳴門組長が言う。
「ポン。もらうぜ兄弟。」
煙を吐き出し、中牌三つを並べた裏島組長が続ける。
「まぁ、ウチとしてもお前らが宇呂富の外道にチャカ送るのやめてくれた方が助かるんだがなァ。
やめちまえよ、鳴門ォ。お互いそっちの方がいいじゃねえか。
…あの野郎共、あれだけチャカ抱えられちゃ、俺らも安心して寝られねぇ。
鳴門ォ、ちょっと言ってみてやってくれよ。『テメェら、極道なら男らしく丸腰で勝負せェ』ってな!」
そうじゃのォ…と言い考えこみ始めた鳴門組長を見た丸古は、焦る。
マズい……!ここで『分かったで裏島ァ!』とか言われてしまった日には、本格的に那統会の兄弟から縁を切られかねない。
極道は、吐いた唾は呑めない。親分が『宇克羅組へのチャカ送りを止める』と裏島組長に約束してしまえば、それを覆すことはできない。
そうなると那統会の結束は完全に割れる。
那統会の兄弟は亜米利加組無しでは露西亜組との拮抗を保つことはできず、欧州連合は割れる。
そして亜米利加組の力の源泉である、欧州連合との盃に裏打ちされた大西洋の覇権も消え、亜米利加組の力が弱まる。
笑うのは裏島組長と、太平洋で亜米利加組と対立を深める中共組だけだ。
バン!
丸古が卓を叩きつける。
山が崩れ、牌が飛び散る。
「何さらしとんじゃワレぇ!」
鳴門組長は驚愕し、丸古を怒鳴りつける。
「すんません、おやっさん。…蚊がおったもんでして。裏島の親分が蚊に刺されちゃいけませんので、つい。」
丸古は会話の流れを断ち切れたことに安心しつつ、言い訳を述べる。
「まったく、大チョンボじゃ。満貫払いじゃ、丸古ォ!
…すまんのぉ、裏島の。ウチのモンが無礼しよったわい。」
対局は仕切り直しとなった。
先ほど話の腰を折られた裏島組長が親となった。
「…兄弟、俺は別に、戦闘狂の武闘派ヤクザって訳でもねえし、なんならこんなドンパチ、サッサと終わらせて宇呂富のバカと手打ちにしてやりてぇ位なんだよ。」
手元の暗刻を崩し、タンヤオ平和一盃口の形を整えた裏島組長が話しかける。
ドラの七萬を引き入れ、手が一気に高まった。
部屋住みに作らせた水割りに口を付けながら、鳴門組長が話を聞く。
「…だがよぉ、カタギ見捨ててケツまくっちまったら、極道としておしめぇだろうよ。
そこはお前も分かるだろ?兄弟。
…頓涅盆地にはなぁ、宇呂富の外道に散々煮え湯飲まされてる、ウチの義理先のカタギ衆が居るんだよ。
連中、寄り合い開いてこう決めたんだよ。『宇克羅組じゃなくて露西亜組にケツ持ち頼む』ってなァ!」
部屋住みが裏島組長の煙草に火をつける。
「…兄弟。あそこだけでいい。お前が『あそこだけは諦めろ』って宇呂富のバカにも分かるように言ってやってくれねぇか?
そうすりゃ俺も手ェ打ってやってもいい。」
ほぉんなら、しゃぁないのぉ…と鳴門組長が言いかけたところで、丸古は卓の上にビールをぶちまける。
「あぁっ!?…いやぁ、すんませんのぉ、親分。…お~い、雑巾早う持ってこんかい!あと新しい卓もなァ!」
またしても話の腰を折られた裏島組長はブスっとしている。
顔を真っ赤にした鳴門組長のこめかみには青筋が浮き出ている。
そしてパタンと手元の牌を倒す。大三元が聴牌していた。
「ワレェ!丸古ォ!おどれ一体何さらしとんじゃボケぇ!
……もうええわ、役満払いやバカタレ!おどれはトビじゃけぇ、席立てや!
おい井床ォ!このアホの代わりにおどれが打てや、えぇか!」
部屋住みが二人がかりで新しい麻雀卓を運び入れる。
えろうすんませんのぉと裏島組長に詫びを入れて席を立った丸古に代わり、亜米利加組からは井床が出る。
丸古は井床の肩をポンと叩くと小声で呟く。
「…頼んだで、兄弟。おやっさんのこと、しっかり押さえたってつかぁさいや。」