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拾陸 露西亜組の苦悩①

「こんなはずじゃなかったんだがなァ。」

ここは通称クレムリンと呼ばれる露西亜(ろしあ)組の本家組事務所。

露西亜組の裏島(うらじま)組長は目を閉じ、10年程前の出来事を回想する。


*****

「おやっさん、えらいこっちゃ!」

若頭の女渡部(めとべ)が血相を変えて組長室に飛び込んできた。

宇克羅(うくらいな)組の矢貫(やぬき)の叔父貴が……那統(なとう)会の鉄砲玉にハジかれました!」


当時、宇克羅組は裏島(うらじま)組長と舎弟の盃を結んでいる、矢貫(やぬき)が組長を務めていた。

その矢貫(やぬき)組長が、那統会の放った刺客に襲撃された。

幸い命に別状はなく、組員が露西亜組のシマまで逃がしたが、もはや渡世人としての生命は断たれたに等しかった。

矢貫(やぬき)組長失脚の後、組長の座に就いたのは、那統会の息のかかった巴斗呂(へとろ)組長だった。


「何ィ!?畜生、那統会の外道め。先代の時にナシ付けただろうが!盃軽く見てんじゃねぇ!」

露西亜組はかつて、周辺の任侠組織と盃を結び、蘇連(それん)組という上位団体を組織。亜米利加組が中心の那統会と睨み合いを続けていた。

しかしシノギに行き詰まり、蘇連組は解散。

その時、那統会との間で手打ちの盃を結び、双方のシマを線引きしていた。

しかし那統会はその盃を反故にし、じわりじわりとシマを広げていった。


露西亜組はランドパワー系の任侠団体だ。緩衝地帯として隣接する組織を舎弟に取り込み固めておくことは、その本能であり、生命線だ。

…今後仮に巴斗呂(へとろ)組長が那統会と兄弟盃を交わすようなことになれば、露西亜組の生命線たる緩衝地帯は──消滅する。


「…マズいな。ウチの克里米亜(くりみあ)事務所が、締め出されちまう。」

そして何より心配なのは、克里米亜島の海沿いにある露西亜組の組事務所だ。

この組事務所の敷地は、宇克羅組から借りている。

今までは宇克羅組が舎弟だったから永久に借りていられたが、これからはその保証はない。

早晩、地上げに遭いかねない。


ここには、露西亜組唯一の、地中海へブツや武装極道船を送り出せる港がある。

露西亜組には、碌な港がない。

ここを失うと、今後仮に那統会と事を構える事態になった際、地中海方面の海の守りを完全に失うことになる。

それどころか、ここが那統会の上陸拠点となるため、露西亜組は喉元にドスを突き付けられている状態になる。

克里米亜島の組事務所を失うことは、那統会に降参し、今後は舎弟として言いなりになることと等しい。


「……やるぞ、女渡部(めとべ)。」

裏島(うらじま)組長は、決意した。

「やるぞ、カチコミ。克里米亜事務所はなァ、絶対に失くす訳にはいかねぇんだよ!」

やれば確実に、莫大な利益を生み出している亜米利加組等との取引は消滅、露西亜組の経済は計り知れない痛手を受ける。

むしろ亜米利加組や欧州連合は、これを見越して、多少無理筋を通しても露西亜組はカエシを入れてこないとタカをくくっている。

……舐めんじゃねぇ。やってやるよ。俺らは極道だ。舐められたら終わりよ。


裏島(うらじま)組長の目には、迷いは無かった。


*****

「はて、どうしたもんかいな…。」

那統会の寄り合い。

露西亜組にカチ込まれ、克里米亜島から叩き出された宇克羅組が、那統会の盃を求めてやってきた。

克里米亜島は完全に露西亜組の手に落ち、また隣接する本土東部のシマでも露西亜組とその舎弟の鉄砲玉が、宇克羅組の組員とチャカを弾き合っている。


那統会の本家事務所奥にある畳張りの寄り合い所。

亜米利加(あめりか)組の組長も兼任する小浜(おばま)総裁がため息交じりに口を開く。

巴斗呂(へとろ)のボンクラぁ、早まっとるのぉ……任侠道の掟っちゅうもんがあろうがい。」


今回の露西亜組のカチ込みの原因となった、前組長襲撃による宇克羅組の代替わり。

実は矢貫(やぬき)前組長を弾いた鉄砲玉、これは那統会が組織として放った刺客ではない。

宇克羅組のシマにいる那統会系半グレ組織が暴走して引き起こしてしまった事態だ。


上座に座る小浜(おばま)総裁は、床の間の掛け軸に目をやる。

三宝に神酒を供えられたその軸には、民主主義神社の主祭神、啓蒙命(けいもうのみこと)が描かれていた。

榊を編んだ冠をいただき、片手には開かれた巻物、もう一方の手には灯火を掲げて会の行く末を見守っているようだった。


任侠道の作法に則り、宇克羅民主主義神社の大統領選祭で正当に那統会系の組長に代替わりするならよい。

しかし今回のように鉄砲玉を飛ばして組長の座を簒奪する形になると…露西亜組を刺激し、付け入るスキを与える。丁度今回の克里米亜島カチコミのように。

那統会としては、「何しとんねん!」と頭を抱えているのが本音だ。


この宇克羅組のケツ持ちについて、那統会は割れていた。


「そんなんほっといたらええやないかい。向こうの庭先にウチの事務所建てるよぉなモンやで。

…ええか、露西亜組っちゅうんはランドパワーやぞ。

そないな真似してみぃや、向こう、間違いなくカチ込んでくるで。

盃かわしたらウチら、兄弟としてカエシ入れなアカンようになるんや。

そん時はな、ワシら、どっちか倒れるまでやり合うことになるんやで。

…なぁ兄弟、ワレら、その覚悟ホンマにあんのんかい、あぁ?」


仏蘭(ふらんす)組や独逸(どいつ)組の幹部は反対する。

仏蘭組や独逸組も元は筋金入りのランドパワーだ。ランドパワーである露西亜組の、緩衝地帯を必要とするという本能は手に取るように理解できた。

また、宇克羅組のシマは、那統会にとっての緩衝地帯でもある。

宇克羅組との兄弟盃…これは露西亜組のこめかみにチャカを突き付け、「いつでもタマぁ取ったるで」と宣言するに等しい。

そしてそれは同時に、露西亜組も那統会の喉元にドスを突き付けることでもある。


そうなると、将来の露西亜組との抗争は避けられなくなる。

どんな形であれ、宇克羅組には露西亜組と手を打ってもらい、元通り那統会と露西亜組との緩衝地帯に落ち着いてもらう。それがええ。

そう、仏蘭組の幹部は主張した。


「ちょっと待っとくれん、兄貴!那統会っちゅうんは元々、イキがっとる露西亜組にヤキ入れるためのもんだがや!

宇克羅組を見捨てるっちゅうことは…おみゃあ、ワシらも捨て駒ってことだわ!

…なぁ、兄ィ。ワシら、盃水にして露西亜組と結んでもええんだで?」


把瑠都(ばると)会の幹部が反発する。

波蘭(ぽーらんど)組の幹部も渋い顔で見ている。

宇克羅組は今や、完全に露西亜組と抗争状態だ。何もしなければ、露西亜組はいずれ宇克羅組を切り伏せ、呑み込む。それがランドパワーだ。

そうなった場合、露西亜組勢力圏と隣り合うことになるのがこれらの組だ。

那統会が宇克羅組を切り捨てるというなら…次に切られるのは自分たちだ。


そしてこれらの組のシマは那統会の勢力圏の最東端だ。

シマの東端は露西亜組の勢力圏と接しており、緩衝地帯越しとはいえ常に緊張が走っている。

あわよくば、宇克羅組には緩衝地帯ではなく、完全に那統会の舎弟として露西亜組と対峙する役を押し付けたいと思っている。

今回の騒動は、その絶好の機会だ。


沈黙が続く。

各組の出席者達は、自席で各々酒を呷り、煙草に火をつける。

部屋の空気が、煙に霞んでゆく。


「まったく、裏島(うらじま)の親父も頭の痛い真似しよるのぉ…。

しゃあないけぇ、宇克羅組にはチャカ送っちゃるわ。じゃが盃はナシじゃけぇのぉ。

ほいで、露西亜組にはケジメとして慈英徒(じーえいと)会から破門じゃ。兄弟衆にも破門状まわしとけや。

連中のウチのシマでのシノギも潰させてもらうけぇの。」

小浜(おばま)総裁はグラスを置くと、仕方なさそうに言った。

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