拾参 以色列組と巴勒斯坦組の抗争①
時は少し巻き戻る。
これは2年前の話だ。
「賑やかだがやぁ、相座ァ!」
今日は猶太神社の縁日だ。
以色列組のシマは、祭りの活気に満ちている。
組員を引き連れて通りを闊歩する根谷屋組長は、露店を構える的屋のオヤジからビールの歓待を受けながら、相座顧問と談笑している。
──弐拾代目 以色列組々長・根谷屋 勉。
上着を脱いだ祭り装束。上半身は裸で、その背の見事な彫り物をさらしている。
霞一つない青空にそそり立つ猛々しい岩山。
その頂上には神の怒りに触れたかの如く割れた石板が置かれ、その両側には二振りの太刀が地面に突き刺さっている。
オリーブの葉が風に舞い、そして天には六稜の星が静かに光を放つ。
静かな中にも遥かなる時の流れを感じさせつつ、シマを守るという約束と覚悟の意思が漲るその彫り物に、道行く人は時たま足を止めて見とれていた。
若頭の夜虻が根谷屋組長の煙草に火をつける。
「おやっさん、亜米利加組の梅傳組長からお祝いが届いたみたいですわ。
いっぺん事務所戻って、御礼の電話入れときましょうや。」
口から煙を立ち上らせながら、根谷屋組長は返事をする。
「そうだがや、いっぺん戻るとするか。」
そう言うと、根谷屋組長達は表通りに止めてあった高級車に乗り込む。
以色列組一行の車列は静かに走り出した。
ドォン……。
事務所にたどり着いたところで、遠くで爆発音が響く。
組員達はチャカを取り出し、根谷屋組長の守りを固める。
遠く、至る所に、黒煙が立ち上っている。
「夜虻ゥ!ありゃ何だがや!すぐ若い衆向かわせぇ!」
そこへ、ガラスが割られ、数カ所に弾痕のある高級車が急ブレーキをかけて止まる。
中から肩を撃たれて血を流している組員がよろめきながら出てくる。
「おやっさん、えらいこっちゃですわ!
巴勒斯坦組の外道どもが、カチ込んできやがりましたがや!」
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「ワレぇ!この腐れ外道がぁッ!!死にさらせやコラぁ!!」
チャカが火を吹く。胸から血を流した以色列組の若衆が、抜き払った匕首を振り下ろす間もなくその場に崩れ落ちる。
「ブチ殺したるでよ、この三下がぁぁッ!!ほれ、これでも喰らいやがれやコラぁッ!!」
バイクから飛び降りた巴勒斯坦組の鉄砲玉が、担いでいたロケットランチャーを構え、酔客で賑わう『スナック紫音』にロケット弾をブチ込む。
呆気に取られるカタギ衆もろとも、マイクを手に熱唱していた以色列組の組員が吹き飛ばされる。
「おみゃあら、ドタマかち割られたなかったら、はよ乗りゃあせぇやコラぁ!」
手を挙げて泣きながら列を作っているカタギ衆にチャカを突き付けながら、巴勒斯坦組の鉄砲玉がボロボロのバスに追い立てる。
その足元には、抵抗して物言わぬ人とされた、シマのカタギが横たわっている。
──ドスとチャカで武装した以色列組の組員が駆け付けた際には、街はもぬけの殻となっていた。
地面には絶望の表情を浮かべたまま息絶えたカタギ衆と、ドスを握りしめたまま討ち死にした以色列組の組員が残り、歓楽街は悉く手榴弾やロケットランチャーで破壊しつくされていた。
「おやっさん……ワシが気ぃ抜いとったばっかりに、巴勒斯坦組にやられてまって、義理先にまで迷惑かけてしもうたですわ。
指ぃ詰めますで、ケジメ取らせてちょうせん。」
少し遅れて現場に降り立った根谷屋組長の足元に、夜虻若頭が土下座して詫びる。
「……ツラぁ上げぇ、夜虻ゥ。」
根谷屋組長の声には、確かな怒りが籠っていた。
「おみゃあが指ぃ詰める言うんなら、ワシは何を詰めりゃええんだわ。
……ケジメっちゅうのはなぁ、テメェの指ぃ詰めることやないがや。
巴勒斯坦組のド外道どもに、きっちりカエシ入れて、二度とウチのシマに手ぇ出せんようにしてやることだろうがや!」
燃える火の爆ぜる音のほかは静まり返った街に、根谷屋組長の雷鳴のような大声がこだまする。
凶器を持って整列する組員の方を向き、根谷屋組長が怒鳴り声をあげる。
「おみゃあら!巴勒斯坦組の連中はなぁ、ウチのカタギに手ぇ出しよったんだわ!
極道の風上にも置けん、筋金入りのド外道だがや!
ウチの代紋に泥塗られて、黙っとれるわけあらすか!
ええか、あの腐れ外道ども、きっちり皆殺しにしたらんかんわ!」
以色列組の組員は直立不動で根谷屋組長の訓示を聞く。
ある者は涙を流し、ある者は怒りの形相を浮かべて巴勒斯坦組への復讐を心に誓っていた。
しかし、組員は気付かなかった。
その顔には測り知れない怒りを湛えながらも、根谷屋組長の口角がほんの少し、上がっていたのに。