拾弐 第二次経済抗争②
「……苗場 ──もうええんじゃ。
ドス、下ろしんさい。ここはウチが話つけるけぇ。」
力なく鳴門組長は言う。
──亜米利加組のシマの経済は、他所の組から持ち込まれるブツで回っている。
他所からブツを持ってこないと、旺盛なカタギの消費を賄えない。
ゼニが回らず、たちまち経済は窒息する。
「おやっさん……いやじゃけど、こン糞外道、詫び入れさせてウチのシマから手ぇ引かせんと──ウチらのシノギが潰れてしまいますけぇ!
このままじゃ、ウチの若いモンも食えんようになるんじゃ。
ほんまに、どがぁしますんや──おやっさん。」
「やかましいわ苗場 ァ!
おどれは親の言うことが聞けんのんか、ワレぇ!
……すまんのぉ、近平の。ウチの若いモン、血の気が多うての。
わざわざ足運んでもろうたのに、無礼かけてしもうた。
この阿呆には、指詰めさせるけぇ──堪忍してつかぁさい。」
苗場 を一喝した鳴門組長は、苦々しそうに言葉を吐き出す。
──5年前は、中共組以外の組からのブツの売人のミカジメは差し置いた。
中共組のブツの価格にミカジメが上乗せされ、カタギが買えない価格となったが、中共組以外の組からのブツがカタギの需要を満たした。
「まぁまぁ、鳴門さんよ。
こっちもねぇ、指なんぞ頂いたところで、何の得にもなりゃしませんや。
それよりも──ミカジメの話、そっちをきっちり詰めさせてもらいやしょうや。
……三割。これくらいなら、親分のシマが干上がることもねぇし、お互い譲りすぎってわけでもねぇ。
これなら親分も、カタギの衆に顔が立つってもんでしょう。
そうですな──手打ちってよりは、半手打ちくらいの形で、うまく説明してもらえりゃ結構。
……それとも、まだウチと本気でやり合う腹づもりでいらっしゃるんで?」
近平組長を守っていた若衆もドスを鞘に収め、席に戻っている。
まだ殺気を込めた視線を発している若衆に挟まれた近平組長は、落ち着き払って言う。
「…それが、ええんじゃろうのぉ、近平の。
ウチも、もう引き際かもしれんけぇ──ここいらで手ぇ打たせてもらおうかの。」
鳴門組長からは、いつもの覇気が消え、降参したように受諾の言葉を返す。
──今回は5年前と違う。中共組だけではなく、全ての組からのブツの売人にミカジメをかけた。
先日の米琉津組長はじめ盃兄弟との掛け合いで、上乗せ分のミカジメは保留としていたが、それでも1割の基本分が残っている。
たちどころに、あらゆるブツの値段が上がった。
ブツの高騰にカタギは苦しみ、消費は落ち込み、シマの経済は干上がった。
「ああ、大将──いやぁ、ちょいとお騒がせしちまいましたな。
こっちはもう、じきに引かせてもらいやすんで。
これはまぁ、ほんの少しばかりの迷惑料ってことで──どうぞ、お納めくだせぇ。
ご面倒おかけしやした。
以後はウチの者にもきっちり言い聞かせやすんで、どうか今回は水に流してくだせぇ。」
女中の悲鳴を聞きつけて駆け付けた「寿府苑」の支配人に、近平組長は札束を差し出す。
……ウチが席持ちじゃいうのに──あんだけぎょうさん払いよって、ウチに恥かかす気か、ワレ。
場の筋も通さんで、何さらしとんじゃ。
須琴部は、平身低頭で札束を返そうとする支配人をあしらっている近平組長を、苦々しそうに見る。
そして今回の中共組との経済抗争を振り返る。
中共組も痛手を負ったが、亜米利加組の負った傷はそれ以上だ。
そして得たものは何もない。
5年前、その貫目と胆力と、綿密な計算で中共組にきつい一撃を叩きこんだ鳴門組長と、今目の前で屈辱的な停戦を飲まされた鳴門組長とが、同一人物とは思えなかった。
……おやっさん──中共組を、いったいどがぁしたかったんじゃ?
ほんで亜米利加組のことを、どがぁ持っていこうとしとったんじゃ?
ウチらは、親分の構えに命張っとるんじゃけぇ──その芯、ブレさせんでつかぁさい。
*****
「しかしですね、おやっさん。鳴門の親父、ほんとにようやってくれてますね。
ウチじゃ手ぇ付けられなかったこと、片っ端から形にしてくれて、頭が下がりますわ。」
中共組本家への帰路、若頭の強田 李昭が皮肉を言う。
「そうだよな。
あの鳴門の親父よ、いつだったか亜米利加組をグレートにするっつってたが、結局グレートになったのはウチだったな。
ありがたい話だよ──ウチが手ぇ出さんでも、テメェで勝手に兄弟組との筋を切ってくれたなァ。
しかもあの馬鹿、テメェんとこのシノギの流れまで絞っちまった。おかげでウチの裾野は広がる一方よ。
……笑っちまうよな。あれだけ威勢よく吠えといて、最後は自分で自分のシマぁ削ってんだから。
強田、見てな。鳴門の野郎、まだまだやらかしてくれるぞ。
ウチは黙って拾うだけよ。あいつの『グレート』は、ウチにとっちゃ『ごちそう』だぜ。」
「あ、火ぃどうぞ、おやっさん。
…そうですね。
これからも末永く体をいたわりながら亜米利加組を『グレート』にしてもらえるよう、ウチの特産の薬用酒に熨斗でも付けて送ってやりましょうか。」
煙を吹き出しながら近平組長は豪快に笑う。
「ガハハハッ、お前、強田、馬鹿野郎!
まぁ、あいつが吠えれば吠えるほど、ウチには舎弟がついて、シノギも集まってくる。ありがてぇ話だよな。」
強田若頭がニヤリと笑う。
「ええ、親分。あの親父がまた何か吠え出したら、ウチの若い衆にでも『感謝状』でも書かせましょうか。『中共組経済貢献賞』ってな。」
近平組長が煙を吐きながら、肩を揺らして笑う。
「やめとけ、そんなもん送ったら、あいつ額に入れて飾りかねん。
『実話任侠アメリカン』あたり呼びつけて、本気で自慢話始めるぞ。」
二人の笑いが、夜の車内に静かに響いた。
中共組本家の灯りが、遠くに見え始めていた。