拾壱 第二次経済抗争①
おやっさん、アンタ一体何がやりたかったんや…。
紺のダブルスーツを纏った須琴部は、隣に座る鳴門組長の方を見る。
先日の『相互ミカジメ』発表後、中共組は即座に反発。
互いに10割を超える尋常ではないミカジメを掛け合う事態となっていたが、今日はその手打ち交渉だ。
鳴門組長は亜米利加組の幹部を従え、料亭「寿府苑」で中共組幹部と向き合っている。
鳴門組長は苦々しそうな顔で対面に座る中共組の組長──近平 習蔵の顔を見つめている。
一方の近平組長は、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
ネクタイを外した派手なシャツの襟元からは、その彫り物――南洋の荒波の一部が覗いている。
そしてそのシャツの下。南洋の荒波には中共組の代紋を掲げた船団──まるでその先にあるものすべてを切り伏せるがごとく威風堂々と進軍する姿が描かれている。
そして波を破り、稲妻を纏って天に昇ってゆく五爪の巨大な赤龍。
その姿は世界を呑み込むがごとく威風堂々としており、その眼はこの世界の全てを監視するかの如く爛々と見開かれていた。
「いや~鳴門さん。最近シノギはどうです?
ウチも中々厳しいですが、まあ何とか若い衆を食わせてやれてますわ。」
…おどれ、こン腐れ外道が……何ぬかしとんじゃ、ワレ。
そがぁな白々しい口叩きよって、舐めとんのかコラ。
須琴部は内心舌打ちする。
5年前の亜米利加組との経済抗争のあと、中共組は亜米利加組が『こういうことをやってくる組』と認定。
将来の再抗争に備え、シノギ構造の抜本的再編に着手した。
かつて中共組はそのシノギを亜米利加組のシマでの稼ぎに依存していたが、他の組織との取引拡大を図った結果、依存度を大幅に引き下げることに成功。
このほかシマの中での取引の奨励や、中共組系フロント企業でのハイテク系ブツの内製化を推進。これにより、もし亜米利加組とのシノギが絶たれても、自前の体力でしっかり立ち回れるだけの強靭さを身につけた。
「ほぉじゃのう……お互い、シノギの風向きが冷てぇ時分じゃけぇの。
お宅もいろいろと苦労しとるじゃろうけぇ、ここいらで手ぇ打ってやらんこともなかろうが。
……ウチも若いモン食わせにゃならんけぇの。」
……おやっさん──ウチは負けたんじゃけぇ。
連中のシノギ潰し?そがぁなもん、まるで堪えとらんのんじゃ。
まずあいつらぁ、もうウチ抜きでもシノギ回せるようになっとるけぇの。
困っとるんは、ウチの方なんじゃ。
それにハイテクのブツ止める言うても、無駄じゃけぇ──連中、もう自分らでこしらえよるけぇの。
逆にウチらが、レアアース止められて首締められとる始末じゃ。
……ほんまに、何がしたかったんじゃ──おやっさん。
「鳴門さん──ちょいと勘違いしてもらっちゃ困りますぜ。
ウチはねぇ、この根競べ、別に続けたって一向に構わねぇんだ。
まぁ、確かに楽な話じゃねぇがよ、あんたのシマでシノギ張らなくたって、ウチの組が干上がることはねぇ。
それに、あんたんとこからブツを仕入れなくても、ウチは自前でどうとでも用意できる。
……本当に首が回らなくなるのは、そっちの方じゃねぇのかい?
手打ちをご所望なら──こっちとしては、打って差し上げても構わねぇですよ。」
中共組の近平組長はドス黒い笑みを浮かべて言い放つ。
「ンだとォコラァ!
テメェ、何抜かしとんじゃワレぇ!ウチの親父にその口ききよって、舐めとんのかいのォ!?
ええ加減にせぇや、殺られてぇんかコラァ!」
亜米利加組の顧問、苗場 が御膳を蹴り飛ばして立ち上がり、怒声をあげる。
その手には抜き放たれたドスが握られている。
中共組も若中が数人立ち上がると、近平組長を守り、立ちふさがる。
各々の手に握られた抜き身のドスが、室内の照明を反射する。
「きゃぁーっ!」
女中が悲鳴を上げ、部屋から逃げていく。
「おやおや、そりゃあ少々困ったもんですな。
こっちもねぇ、あんたのところが相当キツい状況だってのは百も承知で、本日はその手打ちの話をまとめにわざわざ顔出させてもらったってわけで。
そっちがこの話を蹴るってんなら、それはそれでご自由にどうぞ。
──だがよ、ドスなんか抜いて、本気でウチとやり合う腹づもりってわけですかい。
……さぁ、どうなさる? このままドンパチに踏み込むってんなら、こっちも覚悟はできてますぜ。」
ドスを構えた中共組の若衆に守られ、近平組長の顔色はうかがい知れない。
しかし、その声は落ち着き払っている。
ドスを握る手に力が入る。
額を汗が伝う。