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佰 亜米利加県の分断⑤

亜米利加あめりか組本家事務所、通称ホワイトハウス。

畳張りの広間に、険しい顔をした組幹部が並ぶ。

上座に座る鳴門なると組長もまた、渋い顔で目を閉じ、腕を組んでいる。


加州かりふぉるにあ町の愚連隊同士の抗争に象徴される、亜米利加県の分断。

これは単なる喧嘩ではない。亜米利加組そのものを揺るがす構造的危機だ。


まず第一に、今の亜米利加県内は『任侠の筋が真逆の二つの組』が、無理やり同じシマで同じ代紋を掲げているような状態だ。

だが親分の椅子は一つしかない。

しかも親分は、カタギ衆の信任がなければ大統領選祭で即交代。

必ず『カタギの望む親分像』を演じねばならない。


カタギ衆の望む親分像が完全に二つに割れれば、どちらが代紋を継ぐかによって、亜米利加組の任侠の道は都度方向性がひっくり返る。


これは盃を交わした兄弟筋にとって最悪だ。

「先代と交わした盃が、代替わりで水にされるのではないか」と疑心暗鬼に陥り、盃の結束が緩む。

亜米利加組の天下は、この盃の筋を屋台骨にした海洋覇権に支えられている。

そこが揺らげば、空白を突いて中共ちゅうきょう組が台頭し、海洋覇権をかっさらう。

結果、海洋覇権がないと始まらない亜米利加組のシノギは、中共組に生殺与奪を握られることになる。


第二に、シマの内部抗争が続けば、亜米利加組は兄弟筋の抗争に助太刀する余力を失う。

中共組が台湾島にダンプカーで突っ込もうが、露西亜ろしあ組が欧州筋の事務所にチャカを弾いてガラスを割ろうが、以色列いすらえる組が伊蘭いらん組と殴り合おうが、自分のシマのドンパチを放って他所へ回る余裕はない。


さらに平時でも、二次団体の共和きょうわ組と民主みんしゅ組が足を引っ張り合い、チャカの予算も調達も若衆の訓練も滞る。

その間、中共組は着々とチャカを積み増し、若衆を増強する。


──こうして、亜米利加組の海洋覇権はじわじわと痩せ細り、シノギの屋台骨ごと揺らぎ始めるのだ。


険しい顔で目を閉じていた鳴門なると組長が、カッと刮目する。

そして、座敷に整列する幹部組員に、割れ鐘のような大音声で訓示を述べる。

「ええかワレェ!加州町のバカタレ共、ありゃ一体何しよるんじゃい!

ワシのシマん中で、あがぁ大暴れかましよってからに!

あのシマぁ立て直してやらんと、誰が迷惑するか──おどりゃ、分かっとろうがい?

……そうじゃ、ワシらの義理先じゃけぇ!」


幹部組員は、神妙な顔で鳴門なると組長の訓示を聞く。

……そうじゃ、おやっさん。ワシらは、仲間内でドンパチやっとる場合じゃ無ぁんよ。

丸古まるこ若頭代行は、ウンウンと頷く。

……亜米利加県が割れよる今、この分断はのォ──中共組の外道どもにとっちゃ、またとないチャンスじゃけぇ。

早う手ェ打って、シマの緩み叩き直してやらんと、あの外道共、この隙に付け込んで何しよるか分かったモンじゃ無ぁけぇの。

丸古まるこが組長を務める二次団体の国務組。これは対立する他所の筋への静かな睨みを得意とする。

間諜を務めるヤクザたちからは、中共組の不穏な動きがひしひしと伝わってくる。


「敵は外におるんじゃのうて──内側におるんじゃけぇ!

梅傳ばいでんのボケと盃交わしよるカタギ衆が、ワシらのシマをジワジワ腐らしよるんじゃ。

ほいじゃけぇ、ワシらがブチのめして、シマぁ立て直すしか道は無ぁんよ。

街ごと『戦場』にして、舐めたこと抜かすバカタレを炙り出してシゴウしたるけぇのォ!」

……おぅ?

ちいと待ってつかぁさいや、おやっさん?

……アンタ、今、『シマん中のカタギをブチのめしちゃれ』言うたか?加州町を、ワシらの手で『戦場』にする言うたか?

丸古まるこの中で、何かが壊れた。


「ええか、ワシらの敵は、この亜米利加県の外にはおらんのじゃけェ!

内側でワシに盾突いちょる腐れ外道どもが、ワレん敵じゃ!

そがぁな連中に、ワシらのシマを好き勝手させるわけにはいかんけぇ、ワレらが立ち上がって、シマを守るんじゃ!

……オウ、辺久瀬へぐせぇ!米軍べいぐん組出さんかい!

加州町にカチ込んで、カタギが極道に盾突いたらどうなるか、体でキッチリ分からしたらんかい!」


「待たんかいワレぇコラぁ!」

──極道は、親分から盃を受けた瞬間、親と子の関係となる。

親分が黒といえば、白いものでも黒。親分の決めたことに楯突くなど、盃の筋では許されない。

しかし……丸古まるこは、黙っていられなかった。


「カタギにチャカ突きつけるたぁ、何事じゃいバカタレがッ!

どがぁアホなこと抜かしよってものォ、あれはワシら極道が、命張ってでも守らにゃならん義理先じゃろうがい!

──筋、通さんかいコラァッ!」

……あぁ、やっちまったわい、ワシ。

丸古まるこは、自分の渡世がここで終わることを覚悟した。

指を詰めて組抜けならまだ温情ある処分だろう。……これだけ大勢の前で親分のメンツを潰したのだ。コンクリに詰められて沈められるかもしれない。

それでも、何だか、やりきったような気分だ。


「それになァ、今ワシら、こがぁシマん中でドタバタやっとる場合かい?

中共組ン外道共、ちったぁ見んかいコラァ!

ワシらが内輪で揉めよったら、あの連中、マジでドンパチ始めよるけぇのォ?

ワレが代紋継ぎよってから、だいぶ兄弟筋の盃の義理、潰してくれたのォ?

欧州連合とはギスギスしよって、印度いんど組にはソッポ向かれ、加奈陀かなだ組からも嫌われよってからに……。

他所の筋とこんだけ揉めくさりよって、この上シマん中でも揉め事起こしよったら──

おどりゃ、中共組に天下取らせてぇんか?あぁコラァッ!」


鳴門なると組長はまず驚きの表情を浮かべ、それが怒りの表情に変わり、青い色になったかと思えば一気に顔を真っ赤にして烈火の如く怒り始めた。


「ワレェ丸古まるこォ!親に向こうて何じゃい、そのクチの利き方はぁッ!

中共組がどがぁしたっちゅうんじゃ!

こないだ近平ちかひらン親父とナシ付けてきよったがのォ、ワシの目ん玉の黒いうちは、どこにもカチ込まん言うとったで!

貫目もワシくれぇになりゃのォ、中共組ぐれぇのチンケな組の一つや二つ──。喜んで言うこと聞かしちゃることぐれぇ、ワシには造作も無ぇんじゃけぇ!

舐めた口叩いとったらエンコ詰めさすでワレェ!」


「おどりゃ、どこまで頭ン中がおめでたいんじゃコラァ!

クチではナンボでも綺麗ごと抜かせるわい!

──ほいじゃ聞くがのォ、あそこの若い衆が毎日セッセと台湾島へのカチコミの稽古しよるんは何じゃい?

チャカをアホほど増やしよるんは何のためじゃ?

コト起こした時に味方してくれそうな筋と、セッセと盃結びよるんは──一体何のつもりじゃ思うとるんかいコラァ!

……筋通った説明してみィや、ワレェッ!」


鳴門《鳴門》組長は、顔を真っ赤にして額に青筋を立てながらモゴモゴしている。

丸古まるこは続ける。

「ええかコラ。確かにアンタは、誰よりも貫目が突き抜けとる、筋金入りの極道じゃ。

じゃけんど、それで今まで、アンタが散々大口叩きよった手打ち──露西亜ろしあ組と宇克羅うくらいな組の手打ちは、できたんかい?

以色列いすらえる組の連中、アンタの言うこと聞いて、ドンパチ止めよったんかいのォ?

……こらのォ、貫目でどうこうなる感情の次元の話やのうて、構造の問題なんじゃ。

土地と海と歴史にガッチリ縛られて、ああするしか道が無ぁんよ。

貫目じゃ、地図も歴史も書き変わらん。

──ほいじゃけぇ、盃と、チャカと、代紋で押さえつけるしか、道は無ぁんじゃけぇッ!」


──中共組やら露西亜組が抗争を引き起こすのは、遮る物の何もない地平の先からカチ込んでくる向こうの筋の組織への恐怖から、逆侵攻を仕掛けるから──ランドパワー系暴力団だからだ。


亜米利加組がそれらを抑え込むのは、ランドパワー系暴力団が膨張の果てに手の付けられない暴力団組織──『覇権国家』になると、海をも押さえるようになり、シノギの息の根が止まるから──シーパワー系暴力団だからだ。


そしてランドパワー系暴力団の『覇権国家』化は、感情の次元ではなく構造の次元で進む。

対処できるのは、こちらもそれに対抗する構造を立ち上げた時だけ──兄弟筋と盃を結んで睨みを利かせ、チャカを見せつけて侵攻のコストを吊り上げ、代紋への信頼に裏打ちされたゼニと自分たちの秩序の力で締め上げるしかないのだ。


……わかってつかぁさいや、おやっさん。

アンタは、並の極道の常識は通じねぇ規格外の極道だが、からっきしのバカじゃねぇ。


「おやっさん──アンタ、貫目とチャカの向ける先、間違うとるで。チャカはのォ、カタギの衆に向けるモンじゃ無ぁんよ。そがぁな真似して喜ぶんは、向こうの筋の外道だけじゃけぇ。

あれを向ける先がどこか──アンタなら分かっとるはずじゃろがい。」


丸古まるこは、そこで一旦言葉を切ると、ツカツカと鳴門なると組長の前に歩み寄る。

そして懐から匕首を取り出すと、鳴門なると組長の前に置く。

そして続ける。

「……カタギの分断は、構造の問題じゃけぇ、しゃあないとこもある。じゃけんどのォ──その根っこにあるんは、『感情』なんじゃ。

おやっさん、アンタの貫目は本物じゃ。カタギの衆の『感情』を動かす、本物の貫目なんじゃ。

カタギ衆が胸の内に抱えとる怒りも、不安も、誇りも……アンタは一直線に引っ張り出せる。

民主組に見捨てられとった衆の心を、アンタはひと言で揺らがせた。

それが出来たんじゃけぇ──今度も、アンタの貫目で分断を繋ぎ直せるはずじゃ。

……それが出来ん言うんなら、今ここでエンコ詰めて、ケジメ付けェやッ!」


鳴門なると組長は、しばらく呆然とした表情で沈黙している。

そして、しばしの沈黙のあと、その口角が少し上がった。


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