拾 兄弟の争い
「ワレェ──聞いとるか!ウチのシマでシノギしよる売人ども!
ここから先、ウチのシマにブツ持ち込むなら、筋通してゼニ置いてけや。」
──あちゃ~、言うてしもうた…。
『実話任侠アメリカンチャンネル』の記者が向けるカメラに向かい、紋付袴に身を包んだ鳴門組長が怒声を上げる。
同席した須琴部は頭を押さえてうずくまっている。
「一割?甘いわぁッ!そら基本分よ。最大五割のミカジメ上乗せで叩き込むけぇ、覚悟しとけやコラァ!
特にやなァ──鉄鋼、アルミ、自動車、化学品、農産品──ウチのフロント企業のシノギを荒らす連中には容赦せんけぇのォ!」
──さっきから事務所の電話が鳴りっぱなしだ。
『ワレェ!こげな舐め腐ったマネしよって!ウチも同じことしたるけぇ、覚悟しいや!』
『見損ないましたわ、亜米利加組はん。ウチら兄弟でっしゃろ。盃結びましたん、忘れはりましたか?
兄弟のシノギ潰すたぁ、どういう了見してはるんで?…ハッキリ答えんかいボケぇ!』
『おどれら亜米利加組なんぞの世話にならんでもワシぁ困らんで。中共組と結ぶで?あとで吠え面かくなやアホンダラぁ!』
部屋住みはどう答えてよいか分からず、オロオロしている。
まるで、世界列島全国が敵に回ったようだ。
「ウチはなァ、『グレート』な亜米利加組を取り戻すために、代紋掲げとるんじゃ!
兄弟組?盃交わしとるだけで筋通さん連中は、全部まとめて地獄に叩き込むけぇ、舐めんなよコラァ!
これまで散々ウチらにタカってきたツケ、耳ぃ揃えて払ってもらうけェ、覚悟しいやド三下がァ!」
──これが地獄の始まりだった。
……亜米利加組にとっても。
*****
おやっさん…。頼むけぇ、早う帰ってきてつかぁさい!
兄貴を…兄貴を止めてつかぁさい!!
須琴部は、亜米利加組の兄弟の組幹部に向かって一方的に罵詈雑言を飛ばしている苗場顧問の隣で、頭を抱えていた。
独逸組の緒留津組長が引退を宣言し、渡世名 米琉津 振斗組長が跡目を継いだ。
──天翔ける鋼の虎。支配と、冷徹な秩序を具現化し、シマを守り通す覚悟を表す。
その爪が空を捉えるごとに雷が走り、大地に爆炎が上がる。
そしてその昇ってゆく先には、雲に足を付け立ち上がる大黒天。
その凛々しい立ち姿はシマの財政規律と統制を象徴する──それは見事な彫り物をその背中に入れた、独逸組の重鎮だった。
拾代目独逸組の襲名式披露宴に招待を受けた亜米利加組は、鳴門組長の他、苗場 呂比太顧問と須琴部が出席した。
鳴門組長が手洗いに立った時、事件は起きた。
「ワレェ!テメェら、ウチのシマでのシノギで散々甘い汁吸うておいて、こげん簡単な条件が呑めんとは、どういう了見じゃボケぇ!」
披露宴の目出度い空気は完全に冷え切っている。
御膳がひっくり返り、畳の上に倒れたビール瓶から中身がこぼれ出ている。
立ち上がった苗場顧問が、呆気に取られる兄弟組の幹部に向けて啖呵を切る。
──席の近い欧州連合の組幹部たちが、先日鳴門組長が電撃発表した『相互ミカジメ』についての不平を愚痴り合っていた。
それが、苗場顧問の耳に入ってしまった。
「大体なァ、おどれら虫が良すぎるんじゃ。
兄弟と思って黙ってりゃ、ウチのシマでしこたまゼニ稼いで持っていく。
ウチの代紋使うて向こうの筋の組にカマシ入れる。
ワシらどんだけテメェらに使われないかんね?アぁ?」
──兄貴、こないだおやっさんにも言いかけましたが…。あぁぁぁ、もう、なしてそげんこつが分からんのんじゃ!
須琴部は苗場の静止を諦める。
他所の組のシノギを通して世界列島を循環するユーエスダラーは、その他所の組を縛る亜米利加組の協力無比な武器である。
兄弟の組と協力して敵対組織を威嚇し、その拡大を抑えるのは、『覇権国家』が出来上がって亜米利加組の安全と地位を脅かすのを防ぐためであり、またその兄弟自信が力をつけすぎて『覇権国家』となり亜米利加組に牙をむくのを防ぐためである。
どちらもいわば亜米利加組の覇権を維持する必要経費のようなものなのだが…。
「おどれら!梅傳のボンクラが許してもなァ、ワシの親父は許さんで!
親父の顔に泥塗りさらすなら、ドタマぁカチ割ったるわい!」
そういうと苗場顧問は畳に倒れたビール瓶を拾うとそれを叩き割り、威嚇するかのように振り上げた。
「何や?お前亜米利加組の中しか見えとらんなァ。親も親なら子も子やわ。
…あんなァ、おのれらがやっとるんは、盃兄弟への不義理や。
ウチがワレのシマでええ思いさしてもろた分、ちゃんと義理は返しとるやろ。
盃水にするようなマネしくさって、おのれらの天下、そろそろ終わりが見えとるで──覚悟決めとけや、ボケェ。」
伊太利組の夢狼仁組長が冷たく言う。
その眼には明らかな軽蔑がにじみ出ている。
「なァ、苗場の。ワレ、今は兄弟かもしれへんが、喧嘩売るなら買うたるで。
ここにおる欧州連合の兄弟で力合わせて、おのれんとこのシノギ潰しにカエシ入れたってもええねんで?」
仏蘭組の眞玄組長もドスの効いた声で苗場顧問を威嚇する。
「もう堪忍ならんわい!ウチの親父、舐め腐りよって!死にさらせド外道がッ!!」
割れたビール瓶を振り下ろそうとする苗場顧問を、須琴部は羽交い締めにして泣きそうな顔で必死で止める。
「兄貴!こらえてつかぁさい!兄弟の代替わりに騒ぎ起こしたら、それこそおやっさんに恥かかしますけぇ!」
離さんかいワレェ!とギャアギャア騒いでいるところに、鳴門組長が帰ってくる。
「コラぁ!おどれら他所様の義理事で何さらしとんじゃぁッ!」
鳴門組長は苗場達を一喝する。
その声を聴いた苗場は、我に返り、しまったという顔をする。
「すまんのう、おやっさん。ワシ、おやっさんに恥かかしてしもうたわ。
エンコ詰めますけぇ、ケジメつけさしてつかぁさい!」
真っ青な顔で鳴門組長に詫びる苗場顧問。
鳴門組長は鷹揚に言う。
「バカタレ。親の為に身体張った子に指詰めさしたら、それこそワシが恥かくわい。
……おどれら少し外さんかい。あとはワシに任せぇ。」
苗場顧問の肩をポンと叩くと、鳴門組長は二人を外へ追いやった。
「鳴門の。おみゃあさんまた、えっらい威勢のええ若い衆抱えとるじゃねぇか。」
本日の主役の米琉津組長が口を開く。
「おみゃあ、ようもまぁここまでやってくれたもんだがや。
ウチにもな、代々守っとる筋目とメンツっちゅうもんがあるんだわ。
組の盃事でここまで踏み荒らされたら、そりゃあ黙っとれんがや。
──で、どうするんだ?この落とし前、きっちり形にしてもらわにゃあ、話は終わらんでよ。」
米琉津組長は試すような視線で鳴門組長を見る。
「…ほぉんに、ウチの若い衆が、えらい無礼をしよって、すまんのぉ…。
ほいじゃけぇ、おどれらの携帯もパソコンも、ウチのシマでのミカジメをチャラにしちゃるけぇ、これでなんとか、勘弁してつかぁさいや。」
「なんじゃとコラぁ…ウチの親父も、えっらい安う見られたもんだがや。
そんなしょーもないもんで、釣り合う思っとるんかボケぇ!」
独逸組の組員からの怒号が飛ぶ。
「おう、静まらんかいコラぁ!
仮にもよそ様の親分さんやぞ、礼儀ぐらいわきまえんかい、えぇ!?」
米琉津組長が一喝する。
「鳴門の、ワシかて亜米利加組と事を荒立てる気ぃはさらさらあらへんがや。
ほんでもなぁ、あんまり安う済ませたら、ワシの貫目が軽う見られて、ウチの面子にも関わるんだわ。
──せやで、ここは相互ミカジメ、きっちり三か月停止。
これ以下の条件やと、ワシぁ呑めんがや…筋が通らんでよ。」
──おどれこの狸親父が!
鳴門組長は腸の煮えくり返る思いだったが、これで手打ちとするしかなかった。
「…あい、わかったで。
上乗せ分はそれでええけぇ、三か月のうちにきっちりナシつけに行くけぇの。
ほいじゃが、基本分の一割──こればっかりはワシも譲れんのんじゃ。
耳ぃ揃えて、きっちり払うてもらわにゃあ、ウチの面子が立たんけぇのぉ…。
……今日のところは、それで手ぇ打っといたるけぇ、よう覚えときんさいや。」
米琉津組長はため息交じりに言葉を返す。
「まぁおみゃあも極道やでな、吐いた唾ぁ飲めんのはよう分かっとるがや。
ええわ、兄弟の盃に免じて、そこはワシが飲んだるでよ。
……ほいでもなぁ、おみゃあ、カタギ相手にええカッコばっかしとらんと、誰が敵で誰が味方か、いっぺんよう腹ん中で噛みしめて考えや。
その上で、筋通してナシ付けに来いや。
……ちぃと場がシラけたがやな。
おい!酒持ってこんかい!仲直りの盃じゃでよ!」
盃は交わされた。
…そういう形には見えた。
しかし、亜米利加組とそれ以外の組との亀裂は広がる一方だった。