壱 四拾七代目亜米利加組の襲名披露
ここは通称ホワイトハウスと呼ばれる、超広域指定暴力団、四拾六代目・亜米利加組本家の組事務所。
重厚な門の外では内ポケットにチャカを忍ばせた若衆が交代で見張りについている。
亜米利加組の組長かつ、その直参の民主組の組長を兼任する大親分、渡世名 梅傳 条八郎組長はこめかみに青筋を立てて怒鳴り散らしている。
「おう、鎌良ァ!ワレ、このケジメ、どうつけるつもりなんじゃ?あァ?なんか言うてみいやコラァ!」
灰皿が宙を舞い、若頭 鎌良 張助の頭を叩き割る。 脳天から血を流した鎌良は床にうずくまって震えている。
「お、おやっさん…わし、わしはぁ…」
鎌良の声は震えており、よく聞こえない。
その時、組長室のドアが大きな音を立てて開く。
入ってきたのは、民主組と同じく亜米利加組の直参・共和組の組長、渡世名 鳴門 虎靖組長だ。
その後ろには萬洲若頭がまな板とドスを持って付き従っている。
鳴門組長は左手小指を欠いた手を挙げ、鷹揚に梅傳組長に挨拶をする。
「おやっさん…ヘタぁ打たれましたのぉ。
カタギに見放されたら、ワシらのシノギぁ干上がってしまいますけぇの。
…なぁ、おやっさん。ケジメの付け方、よう分かっとっちゃろうがい。」
鳴門組長は萬洲若頭に合図する。
萬洲若頭は無言でまな板とドスを差し出す。
笑みを浮かべる鳴門組長。
「おやっさん、男見せてくれや。」
鳴門組長は4年前まで、四拾五代目亜米利加組の組長を務めていた。
しかし4年前、民主主義神社の縁日──大統領選祭で梅傳親分に敗れた。
この縁日ではまず、極道者がカタギを前に彫り物を見せながら啖呵を切って威嚇する。
そしてそれを見たカタギは、より貫目が高いと感じた親分の陣営の盃に清めの酒を注ぐ。
『選挙人』という役を務める極道者がその両陣営の盃を飲み干した後、目方の多かった親分の下に馳せ参じてその盃に清めの酒を注ぐ。
『選挙人』は亜米利加組のシマの数だけ人数がおり、最終的に選挙人から注がれた酒の目方の多かった親分が勝者となり、民主主義神社の本殿に上がることを許される。
敗れた親分は指を詰め、稼業を引退するのがこの組の掟だ。
しかし鳴門組長はこの掟を破り、鉄砲玉を本家組事務所に送り込み、抵抗した。
民主主義神社に敬意を表するカタギはこれに幻滅。そして共和組の重鎮も激怒した。
破門された鳴門組長は指を詰め、一旦は引退した。
しかし情勢は変わった。
梅傳組長は高齢であった。
亜米利加組随一ともいわれる立派な彫り物を背中に入れていた梅傳組長。
老鷲が翼を広げ、亜米利加組の代紋である星条旗を抱えている。
しかし長年の渡世稼業によりその墨はところどころ沈んで見え、皮膚からは既にハリが失われている。
色褪せ始めた亜米利加組の代紋の青と赤。もはやかつての貫目は見られない。
その彫り物は4年前の大統領選祭ではギリギリ、カタギの心をつかむことができたが…今回の祭では厳しい。
またかつてはどんな強面の極道者も震え上がるほどのドスのきいた啖呵を切ることができていたが、最近は加齢のせいか今一つ声にハリがなく、言い間違いが増え、テンポもよくない。
民主組の長老達は焦った。
これでは大統領選祭で共和組に勝てない。
そこで民主組執行部は梅傳組長を説得。若頭の鎌良を代役として大統領選祭に送り込むことに決めたのだった。
一方の共和組。
鳴門前組長に代わる強烈なカリスマ性を持つ極道者は居なかった。
また鳴門組長は伝統的に共和組の義理先だったカタギとは、任侠道の解釈が相容れなかった。
代々共和組がケツを持っていたカタギはケツを割り、民主組に鞍替えしていった。
今の共和組の義理先は、共和組そのものではなく、鳴門組長のカリスマ性に惹かれているカタギが主流だった。
また前の鳴門組長の時代はミカジメが安くなり、商売を監視する当局も鳴門組長が睨みを利かせて黙らせていたため、商売がやりやすかった。
その結果景気も良かったため、商売人のカタギも一部、鳴門組長の時代を懐かしんでいた。
結局、鳴門組長は破門を解かれ、共和組に帰ってきた。
──その見事な彫り物にさらに磨きをかけた上で。
結果は…接戦の末、鳴門組長が勝利。
鳴門組長の彫り物は、金色の獅子が口を開け、炎を吐いているという迫力ある意匠だった。
そしてその獅子の上には鳴門組長自身が跨乗し、太刀を掲げている。
任侠道を体現して逞しく戦うその姿は、派手な色彩も相まって、カタギの心をガッチリと掴んだ。
そして今回はとある事件も祭の行く末に影響を与えた。
祭の数日前、懐にチャカを忍ばせた鉄砲玉が鳴門組長を襲撃。
鳴門組長は耳に重傷を負った。しかし、鳴門組長は怪我をものともせず、立ち上がってみせた。
尚、鉄砲玉は亜米利加組のボディガードがコンクリ詰めにして沈めた。
任侠道の掟を破るこの襲撃事件。
負傷した耳を庇うこともせず、力強く立ち上がる鳴門組長。
身体をかけて任侠道を貫き通すその姿。
その様子は実話系の雑誌がセンセーショナルに報じ、これが大衆の心を動かした。
さらに今回は鳴門組長に忠誠を誓う半グレの反社組織、『MAGA聯合』が暗躍した。
彼らは鳴門組長の口となり、各地で鳴門組長の武勇伝を広めた。
一方、鎌良若頭は準備不足だ。
梅傳組長の代役に推されたのは、大統領選祭の僅か半年前。
鏡のような水面に咲く蓮華、その中心に二本の刃が交差する意匠の立派な彫り物をその背に背負っていたが、その墨の手入れが間に合わない。
鎌良若頭の啖呵は柔らかく刺すようなものだったが、鳴門組長の相手を叩き斬るような強烈な啖呵と比べると今一つ迫力に欠け、派手さを求めるカタギには響かない。
結果、鎌良若頭は僅差で鳴門組長に敗れた。
「あァ?なんじゃ鳴門の。四年前、ワシの代替わりに泥塗りよってからに、どの口がモノ言うとんじゃコラァ!
おい萬洲、ドスしまいや。おどれら外道の道具なんぞ借りんでも、ワシがキッチリケジメつけたるけェの。
……鎌良、道具持ってこんかい。」
「すまんのう、おやっさん……ワシが不甲斐なうて、おやっさんの顔に泥塗ってしもうた。
ワシも一緒にケジメつけさせてもらいますけェ……指、詰めさせてつかぁさい。」
亜米利加組の代紋の入った匕首を取りに行った鎌良が梅傳組長の下に帰ってくる。
「ええんじゃ、お前は。ケジメつけるんはワシ一人で十分じゃけェの。
お前にまで指詰めさせたら、かえってワシが恥かくわい。」
鎌良若頭に少し微笑みを見せた梅傳組長は、匕首を抜く。
そしてその刃を自らの左手小指にあてがう。
「鳴門の、四年前のおどれのケジメのつけ方は、見とれんかったのォ……。
よう見さらせや、これが男のケジメっちゅうもんじゃけェの!!」
梅傳組長の鮮血が、組長執務机に広がっていった。
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「ただいまより、古式にのっとり、四拾七代目亜米利加組 襲名披露の儀を執り行います。」
上座には、左手小指に包帯を巻いた梅傳組長が鎮座している。
その右隣には、亜米利加の四拾七代目組長を襲名する、鳴門組長が座り、左隣には萬洲若頭が羽織袴の正装で座っている。
背後には盃を交わした友好組織からの花輪が所狭しと並べられ、ご祝儀がうず高く積まれている。
進行役が口を開く。
口上を述べる声は、まるで研ぎ澄まされた太刀のようにあたりの空気を切り分ける。
「先代・梅傳親分より盃が渡され、ここに代紋が継がれます。」
鳴門が静かに立ち上がる。
その背筋は、まるで亜米利加組の代紋、星条旗の縞のように真っ直ぐだった。
梅傳は盃を手に取り、包帯の巻かれた左手を添えてそっと差し出す。
鳴門は両手で盃を受け取り、深く頭を下げる。
萬洲若頭がその背後で一礼し、引き継がれる代紋の重みを見届ける。
その瞬間、空気が変わった。
盃が渡されたことで、座が動く。
鳴門が中央最上座へと移動する。
梅傳は右隣へと静かに座を移す。
「ここに、四拾七代目亜米利加組 鳴門組長が、正式に代紋を継承いたしました。」
進行役は厳かに宣言する。
四拾七代目亜米利加組が発足。
鳴門組長は今、本家組事務所で組長の椅子に座り、ダイエットコーラを飲んでいる。