第三章:「獣たちの聖餐(バンケット・オブ・ビースツ)」
“第四階層”――そこはかつて、「神の骸を祀った都」と呼ばれた。
正式名称:封印都市アナスタシア。 かつて、神の心臓を埋めた場所。 今は、あらゆる狂気と異形が蠢く、血の底の迷宮都市。 「よく言うぜ……これが“神を祀った”だと? どう見ても、神を喰った連中の墓だろうがよ」
ヨハネスは吐き捨てるように言った。 周囲を包むのは、腫れ上がった内臓のような街並み。 呼吸する建物。祈りを記録し続ける粘膜の壁。 天井には、逆さに吊られた神像が何千体と揺れている。 リュリュが一歩、踏み出して尋ねた。 「……ここが、神の心臓の安置所?」 「いや。ここは“心臓の空洞”さ。 心臓は、もう動いていない。 けど、まだ音だけは残ってる。……あいつが、聞かせてるんだよ」
そのとき、遠くから音が聞こえた。 鐘――ではない。讃美歌だった。 歌っているのは、“声”ではなかった。 建物が震え、石が唄い、街そのものが“祈り”を発していた。 「おいおいおい……マジかよ」 ヨハネスの顔が歪む。 「まさか……あいつがまだ、生きてたのか。」
次の“役者”が登場した。 神に祈ることで、神を模倣する異形。 四肢は複数の神像の寄せ集め。顔は蝋で作られた聖人たちの仮面。 その名は――ラビリント司教。 彼は、もはや人ではない。 神の心臓が止まったあと、その“心音”を模倣することで、信仰のフリを続けてきた化け物だ。
「……久しいな、案内人ヨハネス・グラウ。 貴様の“地図”では、この地をどう記していた?」 「“回れ右して爆薬を撒け”、だ。残念だったな、今は火薬が足りねぇ」 ラビリント司教は笑う。 口元の仮面が裂け、聖句が滴る。 そこに“意味”はない。ただの模倣。それがこの異形の本質だった。
「世界が終わっても、祈りは残る。 神が死しても、我らはその屍を喰らい、聖なるものを演じ続ける。 それこそが、人間の信仰の真実ではなかったか?」 「……お前らに言われたくはねぇな。 人間が“神の模倣”をやめられなかったからって、 神を模倣したお前が人間面するな」
ヨハネスは再び、銃を抜いた。 だが、ラビリント司教の“声”が、空間を歪ませた。 いや、“声”ではない。“信仰”だった。 街が呻き、聖句の大合唱が始まる。 リュリュが苦しげに顔をゆがめる。 「っ……なにこれ、脳が、焼ける……!」 「それが“神の残響”ってやつだ。 死んだ神の心音を再生してんだよ。こいつ自身がな!」
街全体が一つの生命体のように、司教とリンクしていた。 地面から手が伸び、天井から祝福が降る。 その祝福は、灼熱の雷撃であり、腐蝕する血の雨であった。 「……なぁ、リュリュ」 ヨハネスは苦笑しながら言う。 「俺たち、今までずっと“地獄”にいたと思ってたよな」 「違うの……?」 「違うな。“あれ”を見た今、ようやくわかった」 「地獄は、まだ“入り口”だったんだ。
戦いが始まる。 街全体が敵。祈りが呪い。神が屍。 ヨハネスは銃弾を装填し、リュリュが血を剣に変える。 「さぁ、化け物ども。祈る暇もなく殺してやる。 俺の地図に、お前の名前は書かねぇ。 お前の居場所は、もうこの世界にはねぇんだよ」 そして、撃った。 神の名を呪詛に変えて――地図に新たな“地獄”を記すために。