第一章/1
物心ついた頃から、自分の名前が嫌いだった。
男として生まれてきたのに「希」なんて名前をつけられたせいで、さんざん苦労してきた。「名前が女の子みたいだから」というたったそれだけの理由で、からかいの対象となったことなど、ざらにある。
だから、当たり前のように「希先輩」と呼んでくる後輩に疎ましさを感じるのだ。「友人知人はみんな苗字で呼んでくれるのに、どうしてお前はおれの意思を汲んでくれないんだ」と常々《つねづね》思っている。
その後輩こと皆神霊威は、今、希の隣を歩いている。魔法でこさえた火明かりで暗い廃墟の中を照らしては、
「希先輩。次はどこを探索しますか」
などと尋ねてくるのだ。
希はむっとした。「なんで人の嫌がることをお前はするんだ?」と問い詰めたい気持ちになった。
けれど、いくら注意をしたところで、皆神が素直に頼みを聞いてくれるとは思えない。俳優のように整った顔立ちを持つこの男とは、中等部時代からの付き合いになるが、一度も「鈴森先輩」と言ってくれたことはないのである。
「なにが悲しゅうて、深夜一時過ぎに男二人で心霊スポットに来なくちゃいけないんだろうな」
「上層部が人捜しを命じてきたからですよ。先輩、もしかして任務内容を忘れてしまったんですか?」
「んなわけねえだろ。おれはまだぼけちゃいねえぞ」
「そうですよね。先輩、まだ二十歳になったばかりですし」
皆神の顔がこちらを向いた。
人魂のようにふわふわと浮く火球が、中性的なかんばせを淡く照らし出す。