序章/2
「慎也、なんでいなくなっちゃったんだろうなあ……」
中学校からの帰り道、ひとけのほぼない住宅街のなか、高坂智実が、遠い目をして呟いた。
季節は春をとうに過ぎた頃──ちょうど、衣替えを終えた頃の話になる。
智実は私の幼なじみで、幼稚園年長組のときから今までクラスがずっと一緒だったりする。生徒会会長と友達という立場上、校内に残って彼の手伝いをする機会が多いのだが、この日は頼まれ事がなかったので、久しぶりに私とともに帰宅する運びとなったんだ。
ちなみに、智実は自分の名前をおおいに嫌っている。「男なのに女みてえな名前を付けられるなんて最悪だ~!」と、しょっちゅうわめき散らしていたりするんだよ。私からすれば、そんなに悪い名前じゃないように思えるんだけどね……。
それはさておき。
他愛のない話で盛り上がっていた相手が、いきなり真滝くんの話題を振ってきたものだから、私は思わず、
「うわっ……」
と声を上げてしまった。
だって無理もないでしょ? 好きな人の名前を──よりによって、初恋の人の名前を前触れなく耳にしてしまったんだもん。その場で軽く飛び上がっても、全然おかしくないじゃないの。
「どうしたんだ?」
案の定、智実が神妙な顔つきで尋ねてきた。
私はそれに、
「う、ううん。なんでもない!」
と笑って答える。
……危なかった。
というのも、私は降って湧いた恋心について、いまだ誰にも話していないんだ。親にも弟にも友達にも智実にもしっかり隠している。
男の子に恋愛感情を持っても、他人にはなかなか言えない。いや、口が裂けても言えないだろう。
「乙女心は複雑怪奇な代物だ」と、かねてより相場が決まっているんです。多分、私が生まれる前から。だからこそ、大昔の女性たちは和歌に恋心を託したんだろうし……って、そんなこと、今はどうでもいい話だな。うん。
私はセーラー服の襟を一度軽く撫でると、
「真滝くん、ほんとにどうしちゃったんだろうね……」
ため息まじりの呟きを唇に乗せた。
「真滝慎也がある日突然いなくなった」というニュースで、今、校内は持ち切りだった。
地元の報道番組でも取り上げられたせいだろう。学校の中だけでなく、校区に住む多くの人が真滝くんの行方に強い関心を寄せていた。
「いなくなって五日目だってよ。黙ってどっかに行くような奴じゃないのに」
私は深くうなずいた。
すぐ隣で歩く智実の顔は、これまでに見たことがないくらい暗くかげっていた。
「クラスメイト以外の奴にも何人か尋ねてみたんだけど、慎也の居場所を知ってる奴はいなかったんだよな」
シリアスな表情を作ったまま、智実が言った。顔だけでなく、声の調子までもが曇り空みたいにどんよりとしている。