序章/1
最悪な事件が起きた。私、宗像絵里の好きな人がある日突然、姿を消してしまったんだ。
その子は私の初めての恋の相手で、真滝くんといった。フルネームは、真滝慎也くん──誰にも打ち明けたことはないけれど、私は彼の名前の響きがとても好きだった。
恋する少女にとって、好きな男の子の名前は、魔法の呪文みたいに素敵なものなんだよ。それはいつの時代でも変わることのないひとつの真理だと思う。
──で。
真滝くんは勉強も運動もそれなりにできる子だったから、女子から結構人気があった。かといって、男子生徒から妬まれているわけではなかった。
……なんて言ったらいいんだろう。
私の知る真滝くんは、仏のように穏やかな面立ちをした人だった。発する言葉もどれも穏やかで、思春期特有の不安定さとか、反抗期ならではの愛想のなさとか、そういういびつな精神とはまったく無縁だった。
先に述べた通り、彼は勉強もスポーツもまんべんなくできたけれど、それをひけらかすような真似は一切しなかった。むしろ、できない子たちの面倒を進んでみていた。
親切だったんだ、とにかく。
優しいのは顔だけじゃなかったんだよ。
だから、真滝くんはクラス内でも一目置かれていた。彼を嫌っている人は、私の知る範囲ではひとりとして存在しなかった。
でも、真滝くんはいなくなってしまった。
ある日突然、神隠しにでも遭ったようにいなくなってしまったんだ……。