7話 友人襲来 2
「この人だれっすか…?」
亮也は俺とシルフィの間で、視線の反復横跳びをしながら固まっている。
なんと説明した良いものか。
数瞬考えた隙に、シルフィはここぞと言わんばかりにそのたわわな胸を存分に張って言った。
「ユウスケは私のダーリンです!」
「ちょ、シルフィさん!?」
いきなりの爆弾発言に思わず、“さん”付けになってしまった。
恐る恐る亮也のほうを見ると、
「あーそういうことね」
ぽんと手を叩き、ニヤリと含みのある笑みを浮かべながら肩を組んできた。
「お前ぇ、水臭いぞ! こういうのは早く言えよな!」
組んできた手で俺の背中をバシバシと叩いた後、シルフィのほうへ体を向けた。
「俺は松井亮也! 祐介とは大学からの付き合いで、会社も同じなんだ! よろしくな」
「ダーリンのお友達ね! 私はシルフィ。よろしく!」
「シルフィ! 外国の人か! なんか緊張するなぁ」
さっそく打ち解けてる…。
亮也は社交性の塊のコミュ力お化けだし、シルフィもフレンドリーな性格してるからすぐ打ち解けるのも頷ける。
「さぁ、入って入って!」
「おっじゃましまーす」
そして気付いたら亮也は靴を脱ぎ、部屋に上がっていた。
「ちょ、展開が早すぎるって!」
何故が家主の俺が一人取り残されそうになっていた。俺は慌てて亮也の後を追い、サンダルを脱いだ。
「…で、パチで有り金全部溶かして、挙句電気も止まったから助けを求めて俺んちに来たってわけ?」
我が物顔で、テーブルのいっぺんに鎮座している亮也に聞く。
「その通りでございます」
亮也は自信満々に答えた。
「あのなぁ…」
掛ける言葉が見つからないでいると、テーブルの向かいのベッドに腰掛けたシルフィが不思議そうに聞いた。
「そのぱち? って言うのはなんなの?」
「よくぞ聞いてくれました! パチって言うのはなぁ…」
「余計なことを教えるな」
「あいた!」
パチというワードに脊髄反射レベルの速度で反応した亮也の頭に拳骨を一発入れる。
シルフィがパチなんかに興味持っちゃったらどうすんだよ、全く…。
「シルフィ、この世界には知らないほうがいいことってあるんだよ」
俺の真面目なトーンの言葉に気圧されたのか、
「ソウデスネ…」
と亮也から目をそらしながら、お茶を啜った。
「ったくみんなパチンカスに悪いイメージ持ち過ぎじゃね?」
拳骨を入れた部位をさすりながら亮也は言った。
今まさにお前がその悪いイメージを体現してるんだぞ、という突っ込みをぐっと堪え、俺は一つ浮かんだ疑問を亮也に投げかけた。
「っていうかなんで俺んちに来るんだよ。お前、彼女いるじゃん。そっち行けばいいだろ?」
それを聞くと亮也ははぁ、と小さな溜息を吐いて、
「それがなぁ…。今度パチでトラブったらタダじゃ置かないって脅迫されてんだよ…」
そして遠い目をしながら言った。
「百パーお前の自業自得じゃねぇか!」
「助けてくれよぉ! あいつ起こったらちょー怖いんだよぉ!」
「うるせぇ! お前のパチカス脳を矯正してくれるいい彼女だろうが!」
「嫌だ! 俺は脳汁がないと生きていけねぇんだ!」
亮也と言い争っているとピンポーンと、再度インターホンが鳴った。
「今度は誰かしら?」
シルフィが立ち上がり、玄関に確認しに行こうとする。
「あ、確認しなくても大丈夫だよ」
「そお?」
「うん、今来た人はわかってるから」
と、俺はシルフィを止めた。
俺の発言に、さーっと亮也の顔が青ざめていく。
「お前、まさか…」
泣きそうな顔をする彼に、今度は俺がにっこりと笑いかける。
「ああ。お前が金溶かしたって言った段階で、連絡しといた」
「いやぁあああああ!!」
叫びながら俺の両肩を掴み、揺さぶる亮也。
がちゃりと玄関のドアが開く音が聞こえた。
逃走を図る亮也の両手をがっしりと掴む。彼は大型犬を前にしたチワワのように涙目で震えていた。
そして、玄関からここ、リビングに通じるドアが開くと同時に。
「りょうやぁあ! あんたまたパチンコ行ったんだってぇ!?」
怒声と共に、一人の女性がセミロングの茶髪を揺らしながら、鬼の形相で入ってきた。
彼女の名は本郷あかね。彼女もまた大学時代からの友人であり、亮也の彼女だ。
「こんな時間にごめんね、祐介」
「全然大丈夫だよ。まあ、びっくりはしたけどね」
尚も逃げようとする亮也に逆エビ固めを決めながら、あかねは言った。
「なんて鮮やかな拘束術…。エルフの村でもこんなにスムーズかつ鮮やかに決められる人は片手で数えられるくらいね…」
なにやら感嘆しているシルフィとあかねの目が合った。
すると先程の亮也と同様、俺とシルフィの間での目線の反復横跳びが始まった。
「えぇ!? ちょっと、えぇ!?」
「ぎゃあああ! あかね! これ以上は脊椎に深刻なダメージがぁ!」
俺とシルフィの関係を察したのか、目を輝かせながら驚いた。逆エビ固めの角度がより鋭角になり、亮也が悲鳴を上げる。逆エビ固めを説解くと、
「あ、ごめん。驚いて極めすぎちゃった」
動かなくなった亮也に、あかねは抑揚なく吐き捨てた。
くるりと俺のほうを向くと、これまた先程の亮也とそっくりのにやけ顔で俺の背中をバシバシと叩いた。
「こんな素敵な彼女がいたなんて! なんで教えてくれなかったのよ、水臭いわね!」
今度はシルフィのほうへ駆け寄ると、
「私、本郷あかね! 祐介とは大学からの友達なの! よろしく!」
シルフィの手を取りながら言った。
「私はシルフィ! よろしく!」
シルフィも笑顔であかねの手を握り返し、答えた。
「はぁ~。近くで見るとものすっごい美人…。髪はさらつやだし、お肌もきれいで、おまけにスタイルも抜群…」
超至近距離でシルフィの全身を嘗め回すように見ながら、感嘆の声を漏らした。やはり同性から見ても彼女は相当魅力的に見えるようだ。
「今度、二人のこと詳しく聞かせなさいよ!」
そう言うと、あかねはシルフィから手を放した。
亮也にアルゼンチンバックブリーカーを極めながら持ち上げ、
「それじゃあ、夜遅くに失礼したわね。おやすみなさーい」
そのまま去って行った。
喧噪が去り、俺の部屋に静寂が戻る。
「ダーリンのお友達、面白い人たちだね」
シルフィは楽しそうに言った。
「ああ、ちょっと変わってるけどいい人だよ。今度ちゃんと紹介するよ」
俺の数少ない、気が置けない友達。
シルフィもきっと、というかもうすでに仲良くなってる気がする。
俺たち4人で穏やかに過ごす時間が出来たらいいな。
そう思いつつ、俺の騒がしい一週間が幕を開けた。