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6話 友人襲来 1

激動の金曜、土曜を送った俺とシルフィ。

日曜日は、それはもう死んだように眠った。ご飯も宅配を頼み、ついぞ家から一歩も出ることなく怠惰の限りを尽くした。

さて、日曜日が終わる。ということは、だ。

憂鬱な月曜日が来るということを意味した。

「はぁ~~」

パンをかじりながら、俺は大きなため息を我慢できず漏らしてしまった。

「ねぇ、そんなに嫌なら行かなくてもいいんじゃないの?」

シルフィは首をかしげながら言った。

「出来るなら行きたくないけど…。お金稼がなきゃだしねぇ…」

憂鬱なことには変わりないが、金を稼ぐ“理由”が出来た今、以前ほどの憂鬱は感じない。むしろ少し頑張ろう、と思えているほどだ。

その事実に俺自身が一番驚いている。

朝食をちゃちゃっと食べ、スーツに着替える。

「何かあったら、電話の横に俺の携帯番号書いたメモ置いといたからいつでも連絡してね。俺も何時に帰れそうか、わかったら連絡するから。お昼ご飯は冷蔵庫に入れたお弁当、温めて食べてね」

「わかったわ。早く帰ってきてね」

「それじゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい、ダーリン」

行ってきますなんて言ったの、いつぶりだろうか。いってらっしゃいと言われるのも。

送り出してくれて、そして帰りを待ってくれる人がいる。それだけのことが、なんと支えになることか。

ちょっとした感動にしみじみしつつ、俺は玄関のドアを開けた。



朝礼を終え、自分のデスクに座ると

「はよーっす。あれ、今日はなんかやる気ある感じか、祐介」

隣に座る俺の大学時代からの友人、松井亮也が声を掛けてきた。

「毎日死んだ顔ばっかじゃよくねぇなって、気合入れ直したんだよ」

「ブラックで働いといてよく言うぜ」

「そういう亮也こそ、今日はご機嫌だな」

「お、気付かれましたか…。今日はなんと、俺のマイホが特日なんだよ! 意地でも早く切り上げて行かなくては…!」

「よくやるよ…」

こんなブラック企業でも、5年間耐えられたのは彼の存在が大きい。

お察しの通り、亮也は重度のパチンカスだ。毎日のように通っては、負け9対勝ち1くらいの割合の戦績報告をしてくるのだ。

彼曰く、すでに今月は食費をかなり削った挙句、家賃光熱費すらも危ない状況だという。

いったい何が彼をそこまで駆り立てるのか…。

「ま、ほどほどにしとけよ」

俺が苦笑いしながら言うと、亮也は自信満々に、

「今日は特日だからな! 一発ドカンと当てて、大逆転してやるぜ!」

と息巻いた。

「そこ、なにくっちゃべってるんだ! 仕事しろ!」

俺たちの雑談に、上司が声を荒らげる。

「「へーい、すんませーん」」

俺たちはいつものお叱りに肩をすくめると、ようやく仕事に手を付け始めた。


ブルーライトを浴び続けた眼球が悲鳴を上げ始める。

気付けば時計は19時を回っていた。

17時の段階で定時の帰宅は絶望的であったため、シルフィに連絡を入れておいた。夜ご飯は一緒に食べたいから待ってるね、と彼女が言ってくれたおかげで何とか集中力を保てている。

「…よし」

眼精疲労軽減の目薬を差し、もうひと踏ん張りと体を伸ばしたとき。

「ぃよっしゃ、今日の分終わり! お疲れさまでしたー!」

亮也が物凄い速度で後片付けを済ませ、全速力で走っていった。

いったい何が彼をそこまで駆り立てるのか…。

本日2度目の疑問を飲み込んで、俺はラストスパートをかけるのであった。


結局帰るころには21時を回ってしまっていた。

帰りに二人分の弁当をコンビニで買って、腹ペコで待っていたシルフィと二人で食べる。激務で消耗した神経も肉体も、彼女との食事で急速回復していく。

「俺が仕事に言ってる間、シルフィは何してたの?」

と、気になって聞いた。

怠惰の限りを尽くした日曜日に、俺は仕事に行っている間どう過ごすのかと聞いたところ、やりたいことがあると答えていたのだ。

すると、彼女は得意げな顔をしながらテレビと、その横に置いてある据え置きゲーム機の電源を入れた。

「なんと今日一日でここまで進めました!」

「なっ!?」

彼女がやっていたのは、仕事が落ち着いたらやろうと思っていたアクションゲームだった。見たところ、もうすでにストーリーはほとんどクリアしているようだ。

「バザールを回ってた時に見つけて、気になってたのよ。なんだか私が元いた世界と同じような魔法使ってる様子だったし!」

いや、確かに魔法使って戦う系のゲームだけど!

「え、シルフィの元いたとこってそんな物騒な魔法あるの…?」

「そりゃあいっぱいあるわよ? 戦や争いの度に魔法なんてビュンビュン飛び交ってたし」

「ひぇ…」

さも当たり前のように話すシルフィ。彼女の世界は俺が思っているのよりもずっと過酷なものだったのかもしれない。

怯える俺とは対照的に、楽しそうにシルフィは続ける。

「それにしても、これは魔法戦闘のとても優れたシミュレーションになるわ! 状況判断能力に魔力管理、相手の使う魔法に合わせた魔法の選択とか、それはもう実践的で…」

なんだかよくわからないけど、シルフィが楽しそうで何よりだ。

内容が全く入ってこないまま、彼女の熱弁を聞いていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。

「誰だ? こんな時間に」

宅配便を頼んだ覚えもないし、なによりこんな夜に誰かが訪ねてくること自体が不自然だ。

「ちょっと見てくるよ。シルフィは待ってて」

俺は少し警戒しながら、インターホンの電源を付ける

「…どちら様ですか?」

そう聞きながら、液晶を見るとそこには、

「ゆ“う”ずげぇー! だずげでぇー!」

「…は?」

涙と鼻水で顔面べちゃべちゃの亮也が映っていた。

怪しい者ではなかったことに少しほっとしながら、外に出て話を聞く。

「こんな遅くに何なんだよ?」

亮也はちーんと鼻をかむと、なんとも情けなく言った。

「電気止まったから匿ってくれぇ…」

どうやら負けが込み、とうとう電気代が払えずに止まったらしい。彼のアパートはオール電化のため、何もできなくなりここに駆け込んだ、と。

「いやぁ、今日で一発逆転して全部払えると思ったんだが…。ダメだった!」

そんなクソ情けないことを、そんな清々しい顔で言うな。

俺が呆れていると、

「ま、そういうわけなんでちょっと匿ってくれ!」

がちゃりと玄関のドアを開ける。

「あっ! ちょっと待っ―!」

俺の静止も一足遅く。開けたドアの先には、

「ねぇダーリン。誰が来たの?」

なかなか戻ってこない俺を心配したシルフィが立っていた。

俺とシルフィの間で何度も視線を往復した後。真顔に戻った亮也はまっすぐ俺を見ながら言った。


「この人だれっすか…?」


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